第三百五十九話・本部の客の申し出
ロタ氏の兄と交渉し、治安隊に投資する話は後日改めてという話になった。
「小僧の工房もドワーフの工房に違いはない。 一応、組合からも許可は出ているんだろ?」
頑固爺さんは渋い顔で頷く。
散々文句を言って来てはいるが、組合としてはドワーフが働く工房である。 認めないわけにはいかなかった。
それに雑貨や工芸品は、鍛治工房でも決して珍しい商品ではない。
ガビーの新しい作風に影響を受けている工房さえあるという。
「それなら、ドワーフ街の他の工房同様に守るべきだな」
「ありがとうございます」
僕はモリヒトに頼んで、お礼に王都で入手した高級な酒を樽で渡す。
だけど、治安隊は飲み過ぎないでね。
ついでに「二日酔いに効く」という薬草茶も渡したら喜ばれた。
ガビーに頼まれて親方用に作った薬草茶である。
効き目は立証済みだよ。
僕たちは塔に戻った。
「アタト様!、無事で良かったあ」
ガビーは大袈裟だな。
地下道はもう開放してある。
組合と治安隊の話を職人たちにすると、皆、驚いていた。
「安心してくれ。 護衛はオレたちだけじゃない。 ドワーフ街の治安隊は、この工房も守ることを約束する」
ドンキが宣言する。
心なしか、皆の顔が明るくなった気がした。
その日、僕は見張り小屋を少し拡張して、1階に集会所のような居間と、2階に雑魚寝が出来る広めの寝室を作る。
白馬用の馬小屋も併設にした。
モリヒトに頼んで魔石を設置し、強度を高くする。
『後は彼らがなんとかするでしょう』
「そうだ、ドワーフだったな」
改造する許可は与えておくか。
だが、出入りする人数は増えても、これ以上、ここで生活する人数は増やさないように言いつける。
「ここに住むのはドンキだけな」
あまり鍛治組合と揉めたくはない。
せっかく治安隊が守ってくれるんだから、ドワーフ街に家のある者はなるべく通いで頼む。
「薬草の採集も気を付けろよ」
今でも森に入るのは、雨など天候が悪い日を選んでもらっている。
森の隅っこでもドワーフで賑やかになり過ぎると、エルフたちも黙っていないだろうしな。
「了解です!」
工房の休憩室にはモリヒトの分身入りランプが設置されている。
塔はドワーフの地下道と繋がっていて、その地下道は僕の商会本部とも繋がっている。
地下道は岩盤や魔獣の棲み家を避けるため、かなり入り組んでいるらしいけど、僕やモリヒトには関係ないしな。
翌朝、ドンキと職人たちが見守る中、ガビーと白馬で本部へと帰る。
「それじゃ、何かあったら連絡を」
「はい。 お気を付けて」
ガビーは、回収した干し魚や燻製、合格した銅板栞を袋に詰め込んでいた。
白馬に海を見せてやるついでに、少し海岸の様子を見に行く。
「相変わらず魔魚は多いな」
「生簀もいっぱいですー」
町の浜は落ち着いたが、こちらはまだまだ豊漁で何よりだ。
アリーヤさんの実家の食料品店や、湖の町の居酒屋のおじさんに売り付けよう。
ついでに、ロタ氏に頼んでエンディの領地にも取り引き出来る相手を見つけてもらいたいもんだ。
せっかく商会にしたからな。
昼過ぎには魔獣の森に到着した。
「遅いっすよ、アタトさまあ」
本部の門をくぐったらバムくんが飛んで来た。
キランが後ろからやって来て、
「お客様がいらしています」
と、告げる。
馬をバムくんに任せ、ガビーには商品の出荷手続きを頼む。
「誰が来たって?」
「商人組合の方々です」
ひとりではないらしい。
キランに案内されながら玄関に入ると、モリヒトが清潔の魔法を飛ばして来た。
貴賓客用の応接室はドワーフの一家がお泊まり中なので、1階の業者対応用の打ち合わせ室で会う。
「お待たせしました」
僕とモリヒトが入る。
その後をキランがお茶の準備して入って来た。
「いえいえ、突然お邪魔して申し訳ない」
そう思うなら来るな。
普通、商会の長が不在なら出直すだろうに。
中年の商人組合の男性は頭を下げるが、あまり悪びれた様子はない。
「すみません。 本当に魔獣の森の中にあるとは思っていなくて」
いつもの受付のオネエサンがペコペコと謝る。
2人は護衛なしで来たらしい。
何とか辿り着いたが帰るに帰れなくなったと。
結界で門から中には入れず、大声で何か叫んでいたのを馬の世話をしていたサンテとバムくんが気付いたそうだ。
いやいや、ちゃんと届出したやろ。
それでも子供が魔獣の森に住むのはおかしいとブツブツ呟く中年男性。
で、何しに来たの?。
「はい、実はアタト商会の帳簿作成をお手伝いさせて頂きたいのです」
オネエサンの笑顔は満点だなあ。
美人じゃないけど、愛嬌があるし、ほっこりする。
「は?、なんでしたっけ」
「坊ちゃん、あんたはエルフだし、人族と同じような商会の経営は無理なんじゃないかと思うんだが」
中年、それはうちの商会を馬鹿にしてんのか?。
「あ、あの!。 決してアタト商会の経理を駄目だと言ってるわけではありません。 こちらが参考にさせて頂きたいくらいです」
オネエサンが必死で取り繕う。
益々、意味が分からん。
ゆっくりとお茶を飲む。
キランは辺境伯の王都邸に長くいたので紅茶を淹れるのが上手い。
「話の中身が見えない」
オネエサンのことは気に入ったけど、オジサンは気に食わない。
「ええっとですね。 早い話が事務員代わりに商人組合を使いませんか?、ってことです」
ほお?。
元の世界でいうところの会計事務所みたいなものか。
「ご自分を売り込みに来たと」
「は、はい。 アタト商会はこれから伸びる可能性のある商会です。 領主様も期待されていますし」
はあ、ご領主が手を回したのか。
「わたくしは良いお話だと思いますわ」
顔を上げると何故かドワーフの鍛治組合の爺さんの妹御がいた。
「ドワーフ街でも工房によっては経理を組合に任せているところもございます」
どうやら、このドワーフのお婆さんは、鍛治組合でそういう仕事を見ていたらしい。
「じゃあ、あなたにうちの商会の経理をお願いしたいな」
僕がそう言うと、
「ドワーフ族と人族では違いましょう」
と、お婆さんは首を横に振った。




