第三百五十八話・ドワーフの街と治安隊
後日書き直すかも知れません。
ご了承くださいませ。
「こちらこそ、ロタさんには大変お世話になっております」
僕は正式な礼を取る。
「止めときな、小僧。 ワイに何か用事で来たんじゃろ」
店のカウンター席を勧められて座る。
「朝から酒は拙いか」
「いえ。 珍しいドワーフの酒があるなら飲んでみたいです」
モリヒトが喜ぶ。
ガハハハ、と声を上げて豪快に笑う大柄なドワーフ。
「エルフは嫌いじゃが、アタトとかいう小僧は嫌いじゃねえ」
おう、ありがてぇな。
ドンキが経緯を説明する。
「師匠が争い事を嫌うのは知ってます。 でも今回はあの爺さんが悪い!」
世の中には理不尽が山のようにある。
だからロタ氏の兄は、せめて分かり易い暴力を暴力で抑え込むために治安隊を作ったらしい。
「暴れるヤツは自分より強い者に弱いからな」
ドンキ自身も自分は強いと思い込んでいたところを、師匠に殴られて目が覚めたという。
まあ脳筋に有りがちな話だ。
「でも暴力は殴り飛ばすだけじゃねえ」
暴言、無視、嫌がらせ。
相手を傷付けるのは腕力だけではなく、言葉や態度でも出来る。
「正しい言葉、正しい規則だったとしても納得出来ずに手を出してしまう者もいる。 それが師匠やオレたちだ」
「煩いぞ。 勝手に仲間に入れるんじゃねえ」
師匠にゲンコツを喰らうドンキ。
「言いたいことは分かります。 ドンキさんは、師匠にそうあって欲しいのでしょう」
正論で殴ってくる相手にも拳で返す。
それが脳筋だよな。
「ふふふ、あははは」
僕はなんだか楽しくなってしまう。
「やっぱ子供には強過ぎたか」
あ、酒は取り上げないで。
さて、そろそろ例の頑固ジジイが来る頃かな。
「ふふっ、ドワーフも捨てたもんじゃないな」
僕は笑う。
本当に心から。
『アタト様?』
モリヒトが戸惑うくらいに。
「嬉しいなあ。 僕はこの世界に来て初めて誰かに共感した気がする」
今までは、やっぱりこの世界と元の世界は違うんだと思わされてきた。
僕は人間ではないし、魔法まで使えて。
すっかり元の自分とは変わってしまったと思い込んでいた。
あまり元の自分を覚えていないのもあるけどな。
モリヒトが何か魔法を使ったのだろう。
酔いがすっかり醒める。
「モリヒト、余計なことするなよー」
僕は拗ねて頬を膨らませた。
新しく酒の入ったカップをもらい、グイッと呷る。
これは飲み易いというか、回るのが早い酒だ。
ロタ氏兄は僕に本音を吐かせたかったんだろう。
いいさ、聞いてくれよ。
『アタト様は思ったより酒癖が悪いですね』
ウルセー。
子供だからって今まであんまり飲まなかっただけだ。
「ねえ、治安隊のお兄さん。 僕の塔に来ない?」
「お前さんの工房のある塔か」
僕は頷く。
「塔って言っても敷地内にある小屋なんだけどさ。 ドンキが欲しいって言うから見張り小屋にしようと思ってる」
平原とエルフの森の境にある僕の塔。
「お兄さんは夜はここで店主してるでしょ?。 でも昼間は暇なんじゃない?。 あそこなら魔獣や魔魚狩りができるし、治安隊の若いのを鍛えられると思う」
僕も散々修行した。
「オレもあそこに住むんで!」
嬉しそうにドンキが叫ぶ。
「いや、治安隊は完全に有志でやってるからな。 皆、働きながらがんばってるんだ」
ボランティア団体か。
ドンキも一応、親方の工房で見習いをしている。
ふむ。
「じゃ、治安隊を買い取りますか」
「は?」『えっ?』
僕の提案に皆がポカンとする。
「あー、それだとおかしいかな。 出資にしますか」
塔の見張り小屋を無料で貸し出し、拠点にしてもらう。
この店をドワーフ街の中の交番というか、隊員の溜まり場にするってのはどうだ?。
バンッと大きな音がして頑固爺さんが入って来た。
「エルフがぁ、この街で勝手をするなあ!」
大声で叫ぶ。
ふうん。
「勝手してるのは鍛治組合も同じだと思うけどな。
鍛治をしなきゃここに住めないって誰が決めたの?」
そう言ってみたら「ぐぬぬっ」と、口ごもる。
僕は不思議に思っていたことを訊ねた。
「すみません、ちょっと伺いますけど。 あなたはこの国王とか領主とか、ドワーフ街を治めている方なんですか?」
統治者っているの?。
「いや、この街にはおらん」
なんとなく、組合員が話し合いで決めてるそうだ。
「じゃあ、世界のどこかにドワーフの王様はいるの?」
ロタ氏のお兄さんも「さあ?」と、首を傾げる。
そうだ、こういうことに詳しいのがいるじゃないか。
「モリヒトなら知ってるんじゃない?」
ドワーフの酒を知らん顔して飲んでいる眷属精霊に訊く。
『ドワーフの神というのは知りませんが、鍛治の神なら知っています』
日頃、お世話になっているドワーフたちがウンウンと頷く。
『ですが、ドワーフの権力に関して鍛治の神が干渉するとは聞きませんね』
鍛治の神は職人の神である。
それはドワーフに限らない。
良い作品や熱意ある職人に対し、神は祝福を与えることがある。
だからといって、その職人がドワーフ族を統治するかというと、また別だろう。
「ドワーフの国は存在する」
頑固ジジイが断言した。
滅多に自分の土地を離れないドワーフたち。
しかし、人族の王都のように、この世界のどこかにドワーフ族だけの、一際大きく賑やかな街は存在するそうだ。
「でもここにはいない」
なら、僕が鍛治組合に対抗する勢力に投資しても文句は言われないはずだ。
「ドワーフ街をどうするつもりだ!」
相変わらず爺さんは眉を吊り上げて怒っている。
血圧上がるぞー。
「どうもしません。 ただ、うちの工房に手を出して来そうなところから守ってもらたいだけです。 とりあえず、これは寄付です」
金の入った小袋を出す。
爺さんが血筋で街を牛耳るなら、僕は金で安全を買うだけだ。
「すぐに結論は出ないでしょうから、しばらくは塔の見張り小屋を自由にお使いください。 それで気に入ったら連絡を」
その間は治安隊の隊員はドワーフ街と塔の間を行き来するだろう。
「お兄さん。 また来ます」
「おう、エルフの兄になった覚えはないがな!」
ガハハハとお互いに笑い合う。
モリヒトはドワーフの酒を買い取る交渉を始めた。




