第三百五十三話・商会の説明をする
そんなわけで、僕は辺境地の魔獣の森にある商会の長になった。
すぐに商人組合に届け出をし、改めて領主に報告しに行く。
店の申請はすでに終わっているが、今回は商会長としての正式なご挨拶。
「ふむ。 他領との交易が本来の目的なのですな?」
ご領主の言葉に僕はニコリと微笑む。
「はい。 王都との往復の旅で色々と勉強になりました。 特にヨシローさんの食事について、とても興味深いものがありまして」
様々な食材を購入して来たと話す。
それを使って広場で食堂を始めてみた。
地元の食材を使っているが、この町の住民にすれば新しい味だったり、知らない料理だったりする。
今のところ反応は良い。
この世界では昔から『異世界の記憶を持つ者』が発見されてきた。
彼らは、ある時は優遇され、ある時は迫害されていたという。
だが、どんな時代であろうと、彼らの知識はこの世界の常識を変える。
「その『異世界人』であるヨシローさんが食べたいと思うような料理や食材を集めたいんです」
主に僕が欲しいから、とは言えないが。
「それをこの辺境地で広めたいと?」
「どうせ、すでに広まっているモノですから、ここで広める必要はないかと。 ただ僕は新しい味に巡り合い、ヨシローさんが喜んでくれて、皆にも楽しんでもらいたいだけです」
結果、町の名物になるかも知れないという期待はある。
僕だって儲けは必要だ。
「ふむ」とご領主は考え込むが、最終的には頷いた。
「よく分からないが、アタト様のことですからな」
そう言って納得してくれた。
いや、納得はしていないが許可はされたのか。
まあいい。
「どこかから怒られたら『エルフが勝手にやった、脅されて許可した』って言えばいいんですよ」
「あははは」
全員に苦笑いされた。 解せん。
翌日、鯨魔獣肉を手土産にガビー工房へ顔を出しに行くことになった。
商会の本部を正式に決めたこと。
そして、これからは職人が自由に工房で作った物でも、ガビーの審査に通ったものに僕の商会の印を付けて販売するという話をするために。
たまには、がんばっている彼女たちや護衛の青年も本部に招待するのも良いかも知れないな。
僕は乗馬の練習も兼ね、白馬で草原を突っ切る。
草原には馬車が通れるような道はないから仕方ない。
しかし、アレだ。
8歳の体で乗馬は無理だった。
子供用の鞍を着けてもらっても、白馬の体格が立派過ぎて僕ひとりでは乗れなかったのである。
そのため。
「ちゃんと掴まっててくださいね」
「うん」
情けないことに、ガビーの背中に引っ付いている。
モリヒトは光の玉になってついて来ていた。
しっかし、ガビーは鍛治や工芸だけじゃなく、なんでも熟すなあ。
乗馬もすぐに覚えて、ティモシーさんを驚かせていた。
日頃から体は鍛えてるから運動は得意だし。
「戦闘ではアタト様に勝てませんけどね!」
そこは、こっちにも面子というものがあるから負けられんよ。
いつもモリヒトに訓練代わりに歩かされた草原は僕の足では丸一日掛かっていたが、馬だと半日しか掛からなかった。
早朝、出発したら昼には着いてしまう。
休憩の必要もないし、早過ぎる。
草原を抜けると、塔の入り口に誰かがいるのが見える。
「坊主、久しぶりだな」
「親方」
ガビーの父親が訪ねて来ていた。
「新しく商会を作ったらしいな」
「ええ、まあ」
そんな話をしていたら、ガビーが銅板の看板を取り出した。
「これ、設置しますね」
「あ、ああ」
もう好きにしてくれ。
1階の出入り口から入る。
塔の中の干し魚や魔獣解体用でガランとしていた場所は、以前より物が増えた感じでゴチャゴチャしていた。
女性が多いとはいえ、人数が増えたからな。
地下に下りて元自室に入る。
すっかり職人たちの休憩室になっていた。
まあ、元々1人では広いくらいだったが、今は仮眠用のベッドや着替え用の棚が並んでいる。
その部屋に集まってもらったが、知らない顔が増えていた。
「……どういうことだ、これは」
主に女性と子供だが、護衛の若者もひとり増えている。
「親方?」
「ワハハハ、すまん。 うちの工房の見習いたちだ」
他所の工房の者が何故、ここにいる。
「ガビー?。 聞いてないぞ」
「私も今、知りました」
いつも温厚なガビーが珍しく顔を顰める。
「今日初めて連れて来たんじゃ。 ガビーに相談しようと思ってなあ、ちょうど良かったわい」
嘘つけ。 勝手に置いて行くつもりだっただろうが。
押し付ける気満々じゃねえか。
親方の説明によると、今回連れて来たのは事情があってドワーフ街では働けない者たちらしい。
高齢の女性と娘と、その孫娘の一家。
「息子が借金作って逃げちまってな。 女子供だけじゃ生活が苦しいんで連れて来た」
何でもすると言うが、何でもするならドワーフ街でも良さげだがなあ。
まだ何かあるんだろう。
護衛のお兄さんは友人を連れて来た。
「おら、ドワーフだけど鍛治は苦手で」
頭を掻く青年は自分からドワーフ街を出て来たらしい。
治安隊仲間らしく体はガッチリしているのに、性格はおとなしそうだ。
「ここなら釣りや狩りしてればいいって聞いて雇ってもらえたらって。 あははは」
笑い事か。
「ここがエルフが経営している工房だというのは分かっていますか?」
ここで働くということはドワーフたちからは変な目で見られるということだ。
「親方が、娘さんの工房だから大丈夫だと」
親方が安請け合いしてしまったみたいだな。
そういえば、親方、鍛治組合の重鎮の孫のスーまで預かってたもんなあ。
お人好し過ぎる。
「はあ。 分かりました」
それを受け入れる僕もたいがいお人好しだが、仕方ない。
「契約書を作ってください。 それと地下2階の部屋を増やすなら親方持ちでお願いします」
「承知した」
すでに新しいドワーフたちの署名入り契約書を用意している辺り故意である。
「何か問題が起きた場合、速やかに僕に報告することを明記した契約書を追加してください」
親方にも誓約書を書かせる。
これ以上、僕の工房を駆け込み寺なんかにされてたまるか。
ウゼェ。




