第三百五十二話・馬の練習と商会
白馬の御者は引き続きキランが、荷馬車担当はバムくんになった。
「何故、馬車もバムさんではいけないんですか?」
キランは白馬の馬車から解放されると思っていたようだが、残念だったな。
しかし、老夫婦も馬車での通勤は遠慮すると言ってきた。
「荷馬車はまだいいが、流石に見物人の中をあの立派な馬車から降りるのはちょっとなー」
気持ちは分かる。
僕も恥ずかしいしな。
結局、広場への送迎はバムくんが芦毛の荷馬車で行くことにした。
見物人から苦情は出るだろうが、そんなことは知らん。
勝手に怒ってろ。
白馬の馬車は、僕が領主家や魔道具店に出掛ける時に使うことになる。
「そ、それなら、まあ、たまにはー」
なんで嬉しそうなのかは知らんが、キランは納得してくれた。
しかし、2頭もいると馬たちは暇になる。
まず、僕たちはあまり馬に乗らないし。
「そんなに広い町じゃないからなあ」
元々魔獣被害の多い辺境地なので、家畜は放牧時期が決まっていて、普段はしっかり囲った畜舎にいる。
最近は町を囲う石垣に沿って周回する程度だ。
かなり多くの運動量が必要になる馬は、実はこの町では頭数自体が少ない。
馬車で使う馬の産地は辺境伯領都のほうが多く、その中から魔獣を恐れない強いものだけを辺境地で育てていたらしい。
そりゃあ、魔力高めの仔馬が産まれるわけだ。
「この芦毛もか?」
「辺境伯領都の馬の中では気が強いヤツらしいっすよ」
バムくんは町の警備兵をしながら家畜の放牧を手伝っていた。
「魔力が高いと魔獣と勘違いされっすから、他の家畜が怖がるんす」
だから引き離すためにこっちに贈ったんだろうと言う。
可愛いのになあ。
「アタトくんが乗馬の練習をすれば良いのでは?」
祭りが終わり落ち着いたのか、久しぶりにティモシーさんがやって来た。
ご領主が辺境伯領都から戻って来たので、ヨシローはしばらくはまた文官の勉強らしい。
「本当に魔力が高めの良い馬だな」
馬力だけでなく、艶やかな体色や鬣も魔力に関係あるそうだ。
ティモシーさんが感心している。
乗馬かあ。
僕とモリヒトはほとんど必要としない。
現在も異空間移動の練習中だしな。
「また他領への旅に必要になるかも知れませんよ?」
ティモシーさんが微笑む。
それは、予告か。
また王都や他の領地に向かうことになりそう、と言いたいわけ?。
「確かに、長期の馬車での移動は飽きますね」
ティモシーさんの指導で、仕方なく乗馬の練習を始めることになった。
僕だけではなく、別荘にいる者で乗れない物全員を対象に希望者を募る。
キランは乗れるが、ドワーフたちは乗れないはずだ。
サンテやハナも参加。
「あたいは見学で」
スーは早々に離脱。
ティモシーさんとバムくんが指導役でキランは補助である。
「他所では気の荒い家畜でも、この辺りに来ると魔獣の気配が濃いんで大人しくなりやす」
バムくんは子供の頃から家畜の世話をしているので、魔力の多い家畜も見てきた。
「魔獣の肉は手に入りにくいけんど、うちの領地には魔力量の多い家畜がいるけ。 肉とか乳製品も他の土地には負けねえよ」
それが辺境地の名物なのだ。
僕たちは広場の店に行かなくても、夕食は老夫婦の料理が食べられる。
「ここに来る楽しみが増えました」
えーと、ティモシーさん。
ここでなくても広場の食堂でも召し上がれますよ?。
そういえば、先日の鯨魔獣の肉がまだ大量にある。
「ロタさんはまだ忙しいのかな」
ドワーフたちの宴会用に売り付けようと思ってるんだけど。
「んー?。 最近は近くの町を駆け回ってるって言ってた」
新しい領主が来たお蔭で、あの領地でも新しいドワーフ街を形成し始めたそうだ。
「クン、お前は行かなくていいのか?」
「えっと、オイラはガビー工房とアタトさんの商会をちゃんと繋げとけって言われてるから」
なんだ、それは。
「アタトさんをしっかり見張っとけってロタ師匠が」
勝手に変なモノをガビーに作らせたり、スーさんに何か新しいものを発注したりするから、ドワーフの職人が困るらしい。
む、否定出来ない。
塔と別荘が離れているから、クンは調整役をしているようだった。
「でさ。 思ったんだけど」
クンは食後のお茶を飲みながら部屋を見回す。
「もうここは別荘じゃないでしょ?」
塔に住んでいた時に、塔に来てもらっては拙い貴賓客用に作った別荘である。
今では塔を工房にし、僕自身はこちらに住んでいる状態だがな。
「アタトさんが商会を作るなら、ここを本拠地にしてしまえばいいと思う」
あー、食料品を仕入れているアリーヤさんの実家は他国とも交易している立派な卸商会である。
当然、契約や経理を担当する本店があり、小売店、出店、倉庫、そして食料品を実際に食べてもらう食堂を経営していた。
僕も現在、塔のガビー工房、老夫婦の食堂に代理販売のテントを経営している。
「なるほどな。 ここをアタト商会の本拠地とすれば良いということか」
すっかり食堂の親父になった老兵が頷く。
ん?。 今、なんか聞き覚えのない言葉が聞こえたぞ。
「アタト商会?」
「あら、知らなかったの?。 あのエルフの印がついている店はアタトの店だからアタト商店って言われてるわよ」
スー、またそんなことを。
「ウンウン。 わしらの食堂もアタト食堂と呼ばれておる」
は?。
僕がポカンとしていると、モリヒトが付け加える。
『この館もアタト様の印が掲げられておりますし、アタト商会本部、ということでよろしいのではないでしょうか』
イヤイヤイヤ、なんかダサくない?。
「本当は『エルフ商会』にしたかったけど、なんかエルフ族ってあんまり好かれてないみたいだね」
「やめろ。 さすがにそれは僕も嫌だ」
エルフの顔を商会の目印にしてるから『エルフ商会』になるんだろうが、エルフ嫌いの僕も怒るからな。
「じゃ、アタト商会でいいだろ?」
うーむ、いーのかなー。
僕が頭を悩ませている間に話は決まったようだ。
「この館はこれから『アタト商会本部』となりまーす」
クンが宣言した。
は?、えっ、本当に?。




