第三百五十話・魔魚の処理と宿
あれから海は落ち着いている。
モリヒトの魔力気配を振り撒いたお蔭で、魔魚たちは沖合から沿岸には近寄らないようになった。
僕とモリヒトで倒した雑魚たちもキレイに処理。
残しておくと、それを餌にまた魔魚が増えるため、モリヒトが全て回収した。
だけど、いくらモリヒトの保管庫でも雑魚ばかりではただのゴミでしかない。
『後で高温で焼き尽くしておきます』
海では出来ないからな。
場所は国境線の向こうの荒れ地。
あそこで大量の魔魚を処分するそうだ。
「じゃあ、なんとか肥料にならないか?」
『肥料ですか?』
「うん。 あそこが魔素が無い場所だというのは分かってる」
草一本生えていない荒れ地だ。
しかし魔魚の死骸なら魔力を含んでいる。
「元々全く魔素が無い場所に魔素を含んだ肥料を蒔いたら、どうなるのか見たいと思ってね」
不毛の大地に魔素と緑が戻るのか。
それとも魔素が乱れて魔獣や魔物が増えるのか。
まあそうなれば僕が狩れば良いだけなんだけど。
『私は構いません。 粉々にして荒れ地に撒いてみましょうか』
「粉末だと風で飛ぶから、先に水を撒いて地面を湿らせてからだよ」
大地の精霊には余計なお世話かと思ったけど、一応な。
『なるほど、そうですね。 では実験ついでに、荒れ地の一部を湿地にしましょう』
なんだかモリヒトがノリノリだ。
僕が首を傾げているとモリヒトが薄く笑う。
『私はどんな大地でも愛しいですが、実り豊かな土地が増えるのは嬉しいんですよ?』
へえ。
本来なら、精霊は人間や他の生き物の都合など関係なく気ままに動く。
それでも神の創った土地を勝手に緑の大地には出来ない。
いくら精霊でも、神や主人に従う眷属は、命令がなければ手は出せないのだ。
「それじゃあ、今回は僕の頼みだからよろしくな」
『はい。 畏まりました』
僕は、モリヒトの『畏まり』は本当に嬉しい時の返答だと知っている。
夏の盛り、王宮から手紙が届く。
正式にエンデリゲン王子が王族から離れて高位貴族になった知らせである。
そして新しい領地に赴任した挨拶と宴への招待状が届いた。
だが、僕はお祝いの言葉と共に丁重に宴への参加は辞退させて頂いた。
辺境伯からも「行くなら一緒に」と誘われたが、こちらもご辞退申し上げ、はあ、貴族は邪魔臭い。
王都より近いし、また会う機会もあるだろう。
ある日の夜、僕は湖の町へ飛んだ。
約束を果たすために。
「お久しぶりです」
「アタト様、その節はありがとうございます!」
破綻した領地から移動させた宿である。
僕は防音対策された結界の中で、宿の主人と話す。
「噂は聞いておられると思いますが」
宿の主人は頷く。
「はい。 第三王子であられたエンデリゲン殿下が新しい領主様になられたと」
「それで、どうなさますか?」
新しい領主が決まったことで町に警備兵が配備され、治安も良くなってきているという。
これから就任のための宴や、新しい領主に挨拶するために大勢の客が訪れるだろう。
あの荒廃した町には、ちゃんとした宿が必要だ。
「戻るのであれば、また宿ごと移動させますよ」
最初からその約束で移動してもらっている。
「しかし、こちらの領地のほうが良いのなら」
無理強いはしない。
「いえ。 私どもはいつも帰りたいと望んでおりました」
主人は約半年の間、ずっと生まれ故郷のことを思い、残った人々を案じていたそうだ。
「逃げ出した我々を受け入れて頂けるのかは分かりませんが」
僕は首を横に振る。
事情は皆、知っているのだ。
「大丈夫ですよ。 新しい領主様には事前に伝えてありますので」
宿の敷地に勝手に手を入れないようにお願いしてある。
こちらに来る前にも確認して来た。
本当なら大きな宿が領地を移動するには、商人組合や領主館に届けが必要だが、今回は不問との確約をもらっている。
安心してほしい。
移動は2日後の夜に決め、明日からは宿泊客は入れないようにお願いした。
「では、最初と同じです。 移動したい方と残る方を分けておいてください」
残る者たちは他の宿で引き受けてもらえるように交渉済だという。
さすがだな。
僕はその足で湖の町の領主を訪ね、宿の移動を報告する。
「アタト様には本当に助けて頂いた。 我々も二度と同じ失敗は繰り返さないよう対策はしていく」
深く感謝の礼を取られた。
宿の移動は恙無く完了。
新しい領主を迎える町に懐かしい宿が戻った。
夏の終わり、無事に新しい領主が誕生した。
お祝いに鯨魔獣の冷凍肉を贈っておく。
きちんと料理の仕方を書いた紙を付けておいたから大丈夫だろう。
『また着てますよ。 何故、来なかったのかと』
元王子で新領主の「エンデリゲン」改め「エンディ」からはマメに手紙が来る。
式典が終わって数日過ぎても、まだネチネチと煩い。
「こっちは忙しいんだよっ!」
新しい食堂と食料品店が開店し、盛況なのは良いが毎日バタバタしている。
食堂は日替わり定食のみ。
それでも近隣の町からも客が来て大盛況だ。
キランも白馬の王子様と呼ばれて名物になりつつある。
荷馬車なのに王子様、プププッ。
と、笑っていたら、ご領主から普通の箱馬車が届いた。
「え、なんで?」
「使ってください、とのことです」
届けに来た馬車工房の職人さんは、それだけ言って置いてった。
ご領主も自分が贈った荷馬車が観光名物になるとは思っていなかったんだろう。
荷馬車と交換するかと問い合わせたら、そのままで良いと返事が来た。
しかも、この箱馬車には僕の目印と言われているエルフの顔の紋章が付いていた。
誰だ、裏切り者は!。
「アタトに贈るものには印を入れると良いって噂よ?」
お前か、スー。
「勝手に広めるなよ」
「領主様に頼まれたのよ、仕方ないでしょ」
認めやがった。
スーは、最近よくケイトリン嬢のお茶会に呼ばれるので、そこで頼まれたらしい。
他の領地で次期領主候補のお嬢様の淑女教育をしていたと、ヨシローが口を滑らせたのだ。
まあ、ハナも連れてって侍女の勉強になっているからいいか。
領主館には白馬の馬車で送迎することになった。




