第三十五話・ガビーの宝物とは
広場に戻るとヨシローが駆け寄って来た。
「おーい、組合の手続きは終わったよ。
漁師さんにも場所を確認してもらったから、次からはあの場所で店が出せるぞ」
「ありがとうございます。 お世話になりました」
僕が頭を下げると、ヨシローは手をヒラヒラと振る。
「それくらい、友達なんだから当たり前さ」
友達の役に立てるのが嬉しいのだと笑う。
そうして、ヨシローが馬車を呼び止め、町外れのワルワ邸に戻った。
「お帰りなさい、アタト様」
上機嫌なガビーに出迎えられる。
打ち合わせ通り、魔獣や魔魚の素材を引き取ってもらった金で、ワルワさんと買い物に行って来たと嬉しそうに報告してきた。
そかそか。 希望のものが手に入ったようで、良かったな。
僕は「戻りました」と、ワルワさんに挨拶し、市場での商売の件を話す。
ヨシローが組合からの地図を取り出して説明してくれた。
「なるほどの。 ワシの作った価格表が役に立つなら嬉しい限りじゃ。
アタトくんがいない間も漁師たちと打ち合わせをして、いつでも商売が出来るようにしておこう」
「ありがとうございます」
僕も次の三十日後に町へ来るまでの準備に気合いが入るな。
さて、僕たちは今夜には町を出るため、早めの夕食の準備が始まる。
手伝いをやんわりと断られた僕は、おとなしくソファに座った。
ニャーニャー
タヌ子が僕の足に擦り寄って来たので抱き上げる。
もう重いけど、可愛いのは変わらないのでタヌ子を撫で回す。
機嫌が良い僕にワルワさんが声を掛けてきた。
「何か良いことでもあったのかね」
ガビーに台所を占領されたらしく、ワルワさんが僕の隣に座る。
「はい、色々と」
僕は教会の蔵書室での話をした。
「ほお、あの方が」
本を見せると、裏表紙に司書さんの名前が入っていた。
「確か、亡くなった領主夫人の遠縁で、王都から来た人じゃよ」
厳しいと評判の人だったらしく、僕が気に入られたことに驚く。
ワルワさんに「良かったな」と頭を撫でられた。
あー、いやー、僕は七十歳……。
ま、いいか。
でも、ちょっと恥ずかしくて遠い目になる。
ここに来ると食事は賑やかだ。
ワルワさんとヨシローに僕とガビー。
モリヒトは、食事はせずにタヌ子の世話をしているが、いつもの倍の人数だ。
ガビーは口数は少ないが一応女性なので、ヨシローが気を使って話し掛けていた。
男ばかりだと、もう少し話が下世話になるから、見た目が男性でもガビーがいるだけで少し内容が違うのは不思議だ。
いや、これがヨシローの通常かな。
誰にでも合わせられるのは才能かも知れない。
「へー、教会でそんなことがあったのか。 ティモシーが聞いたら驚くな」
ヨシローが食後のお茶を飲みながら言う。
今日のティモシーさんは神官様の護衛で町のどこかにいるらしい。
神職はとても忙しいそうだから、その護衛も忙しいのだろう。
「よろしくお伝えください」
何か文句を言われたら代わりに謝っておいてくれ。
それから売り上げやガビーの買い物の話をしているうちに夕闇が近付く。
そろそろ出発だ。
『今回もお世話になりました』
荷作りが完了したモリヒトが別れの挨拶をする。
「いやいや、こちらこそ。 君たちが来るのをヨシローやティモシーくん共々楽しみにしておるよ。
またいつでも遠慮なく来ておくれ」
僕たちは感謝を告げると森に向かって歩き出す。
夜通し歩いて森を抜け、明るくなった頃に塔に着いた。
モリヒトとガビーはすぐに荷物の整理を始め、僕はタヌ子と一緒に仮眠をとる。
途中で二度ほど休憩したとはいえ、子供の身体にはきつい。
しかし、今回はそれほど疲れてはいなかった。
僕自身の体力もだいぶ増えた感じがする。
ベッドに横になったままタヌ子を構っていたら、モリヒトが部屋に入って来た。
「実は、ガビーの荷物の中にこんな物が入っておりましたが」
それは僕が書いた文字、を小さな額に入れたものだった。
「アタト様は許可なさったのですか?」
僕は照れると同時に、わけが分からず首を傾げる。
「す、すいませんっ!。 どうしても、その、部屋に飾りたくて」
ガビーは怒られると思って肩を縮こませている。
これは先日、文字の練習をしていて、一番まともに書けた紙をガビーが欲しがったのであげたものだ。
どうやらそれを宝物のように大切にしていたらしい。
「大丈夫だよ、ガビー。 怒ってるわけじゃないから」
そう。 大切に飾ろうとしてくれたことは別に悪いことではないし。
ただ。
「額……作ったの?」
「い、いえ、作ろうと思って、ワルワさんに画材を扱ってる店に連れてってもらって」
先日、僕たちが絵の具や筆を購入した店のようだ。
「そこで、額を見せてもらって、大きさを聞かれたので」
ガビーがこの紙を見せて、これに合う額を作る材料を買いたいと求めた。
そうしたら、
「先日、たくさん買ってもらったから無料で額に入れてあげるって」
そう、言われたそうだ。
タダほど高いものは無い、という言葉が頭をよぎる。
「見られたか」
でしょうね、とモリヒトが頷く。
『何事もなければ良いのですが』
僕とモリヒトは顔を見合わせて、ため息を吐いた。
ガビーはオロオロする。
「あのお、まずかったですか?」
「ガビー、お前はこれを店の人には何だと説明した?」
「はい。 アタト様がお書きになった、と」
とても気に入ったので、欲しいとお願いしたら快く下さった。
だから飾りたいと話をしたそうだ。
うわー。
僕は頭を抱えた。
んー、どう説明しようか。
あの店は絵画も扱っていた。
この世界の上流階級は嗜みとして絵を描くこと、もしくは鑑賞することが推奨されている。
つまり、あれを【エルフが描いた絵】だと思われたら。
「ややこしいことになる、かも知れない」
いやまあ、ただの子供のいたずら書きだと思ってもらえたらそれで良い。
僕としては、そうあって欲しい、切に!。
モリヒトやガビーがやけに気に入ってくれたから、調子に乗り過ぎた、僕も反省しよう。
だって、落書きをわざわざ町まで持って行くなんて思わないじゃないか。
恥ずかしー!。




