第三百四十八話・令嬢の相談と警戒
馬車は一頭立ての荷馬車にした。
ご領主から「何かお礼がしたい」と言われて遠慮なく注文させてもらったものだ。
しっかりとした強度のある荷車に、ガッチリした体躯の魔獣に慣れた地元産の馬を頂いた。
主に町への買い出しや通勤に使う。
「ふむ。 良い馬だな」
老夫婦も気に入ったようである。
だがしかし、何故、白馬なんだ。
「あら。 アタトには似合うんじゃない?」
くそう、スーに笑われた。
いかにも傲慢なエルフ族の子供が喜びそうだという感じか。
「本当に似合います!」
「お、おう」
ガビーはマジだからなあ。
サンテやハナは、ただただ馬の世話が出来ると喜んでいる。
モリヒトに頼んで敷地内に作ってもらった厩舎は小さかったようで作り直しだ。
ご領主の好意に、僕は苦笑するしかない。
キランが馬車を操り、老夫婦を町の広場まで送迎することになった。
開店までまだ日はあるが、今は厨房の使用感を確かめ、食器や香辛料の在庫を揃えている最中だ。
他にも、老夫婦は町中の他の飲食店を食べ歩いたり、魔獣の食材を卸している猟師の解体を見学に行ったりしているそうだ。
夫婦揃って勉強熱心というか、好奇心旺盛なのは頼もしく思う。
しかし、執事服のキランが乗る白馬の荷馬車は相当目立つ。
田舎だしな。
なんだか時間になると広場に見物人が出てるという噂だ。
「あ、来た来た」
キランの馬車が広場に到着すると、見物人の中にトスが待っていることが多い。
トスはキランの馬車で別荘に来ては、ガビーがいる日は工房の手伝い。 いない日はサンテと一緒に魔力調整の修行と文字の練習をしている。
今日は、その馬車にケイトリン嬢が乗って来た。
護衛は教会の警備隊の若者である。
「アタト様、お久しぶりです!」
彼は王都から戻って来てすぐに護衛騎士に昇格した。
結婚が決まったらしいという話も聞く。
「こんにちは。 今日は騎士様がお嬢様の護衛ですか?」
まだ慣れないのか照れ笑いである。
「あはは。 はい、よろしくお願いします、です」
いつもならケイトリン嬢にはヨシローが付き添うのだが、最近は収穫祭の準備で忙しい。
ティモシーさんもそれに付き合わされているのだろう。
ケイトリン嬢に軽く睨まれる。
「アタト様が先日、お話しを聞いてくださると仰ったのを忘れていらっしゃるようでしたので」
「ああ、すみません」
僕は頭を掻く。
忙しくしていたのは事実だが、実はあまり聞きたくないというのもあったんだよね。
だって、要は恋愛相談だろ?。
僕には無理だと思う。
「ヨシローさんのことでしたね」
「はい」
2階にある貴賓客用の応接室へ案内する。
サンテがお茶とお菓子を運んで来た。
スーが考案したサンテ専用の子供用執事服は二重になっていて、布と布の間にスライム型魔物を仕込んでいる。
いつもカバンや袋を身に付けていては動きにくいと言うので、なるべく動きの妨げにならないようにした結果だ。
ケイトリン嬢がモリヒトの姿がないことに気付いた。
「あの、モリヒトさんは?」
いつも僕の傍にいる眷属精霊は不在である。
「ええ。 ちょっと忙しくて」
僕はニコリと微笑む。
森の魔獣の討伐に関しては、町の兵士や猟師に任せた。
せいぜい稼いで貰えばいい。
それでも危険な魔獣や不測の事態に備えて、僕はここで警戒をしている。
魔獣感知装置が働いて、町に警報が出る前に取り除くため、この別荘が最後の砦となっていた。
一方、海岸は漁師たちに任せるわけにはいかない。
この町の港には魔獣討伐用の船自体が存在しないのだ。
海岸からの弓矢や魔法による遠距離攻撃しか手がない。
今までは浜に近付く魔魚も少なかったため、それでなんとかなっていた。
しかし、最近は異常に増えている。
沖からやって来る魔魚に関して、ご領主や近隣の漁師たちと相談の上、今はモリヒトが警戒に当たっているのだ。
ブチブチと文句を言いながらも、僕の命令で。
僕はお茶のカップを手に取る。
「それで、ヨシローさんがどうかしましたか?」
ケイトリン嬢が「ええっと」と頬を染めつつ、室内を見回す。
あれは人払いをしろってことか。
護衛の若者に許可を取り、ケイトリン嬢と僕の周りにだけ防音結界を張る。
「大丈夫ですよ、どうぞ気兼ねなく」
「ありがとうございます」
僕は薬草茶をゴクリと飲む。
ずっと警戒でピリピリしてるから、疲れる。
「ヨシローさんが、その、館に来てから、よそよそしいというか」
やっぱり、そっち系の話か。
正式な婚約者になったヨシローは『異世界人』であっても、まだ若い青年である。
確か30歳前半だったな。
それが好意を寄せてくれる若い女性と一つ屋根の下。
そりゃあギクシャクするだろうな。
なんてったって、この町で一番偉い領主である父親付きだ。
使用人たちからも報告されるだろうし、館内では下手にイチャイチャも出来ん。
欲求不満が溜まってそうだな、かわいそうに。
「ヨシローさんもお忙しいのでしょう」
ケイトリン嬢は顔を逸らす。
「い、忙しいのは分かっています。 父の文官からはかなり厳しく指導されているそうですし」
忙しいほうが気が紛れるからなあ。
「でも、忙し過ぎて2人で話をする時間もありません。 それにヨシローさんの体も心配で」
うん、すごく真っ当な心配ですな。
「それで、お嬢様はどうしたいのですか?」
「わ、わたしは、どうしたら良いのでしょうか」
それが悩みなのね。
ハッキリ言えば、一発やらせ……ゴホン。
「あのお、僕は子供で、しかも異種族です。 人族の事情はお察ししますが、助言は難しいかと」
「はい、分かっています」
ケイトリン嬢は俯いている。
「それでも、アタト様にお話を聞いていただけるだけでも安心するので」
聞くだけなら、まあ良いけど。
「たぶん、僕でも同じことをしますよ」
好きな相手が傍にいて手が出せない状態なら、僕なら読書や書道に逃げる。
「やはり、ヨシローさんは私から逃げているのですね」
はあ、邪魔くせー。
「お嬢様。 お父上様から、どこまでなら許可されてますか?」
キスくらいはした?、え、まだ?。




