第三百四十二話・住み込みの料理人の店
ガビーは久しぶりにトスに会い、しばらく浜に居たいというので置いて行く。
ガビーなら1人でも別荘に戻れるしな。
「次はどこに?」
「領主館だ」
クンに問われて答えた。
正確には領主館にいる、ある夫婦に会いに行くんだが。
「失礼いたします。 こちらにいらっしゃる辺境伯家の元侍女様にお会いしたく参りました」
僕は異種族だし、この国での身分は平民である。
そのはずなんだが。
「エルフ様!、少々お待ちください」
商人用の裏口から入ったが、受付にいた文官を驚かせてしまったようだ。
しばらくしてバタバタと足音が聞こえてくる。
家令の爺さんには、もう少しお嬢様の淑女教育をがんばってもらわないといけないな。
「アタト様、ご機嫌うるわしく」
いやいや、ケイトリン嬢。 それは目上の貴族に対する挨拶用だと思うぞ。
「ケイトリン様、本日は突然お邪魔いたしまして申し訳ございません。 王都から同行させていただいたご婦人にお会いしたくて参りました」
挨拶ついでに用件を話す。
奥に案内される前に、ここで良いのだと伝えるために。
「え、でも中に入ってー」
ケイトリン嬢があたふたしている間に高齢の家令が礼を取り、声を掛けてきた。
「わたくしが呼んで参ります。 その間、こちらの部屋でお待ちください」
老家令に商人用の応接室に案内された。
まあ、奥へ連れて行かれなければいいか。
何故か、ケイトリン嬢と向かい合って座っている。
「ケイトリン様、私に何か御用ですか?」
あまりこちらから訊ねるのは良くないが、ずっと黙っていられるほうが困る。
「あっ、はい、あのー」
モジモジしだした彼女を見て、僕はため息を吐く。
「サナリ様がまた何かご迷惑を?」
「ひゃいっ」
ケイトリン嬢の声が上擦る。
可哀想に。
「分かりました。 その件は後日、改めてお伺いします」
ケイトリン嬢がホッとした顔になる。
「約束ですよ」
笑顔で立ち上がり、礼を取ると部屋を出て行った。
彼女はまだ20歳くらいだったな。
下位貴族のお嬢様だけど、田舎育ちのせいで平民とあまり変わらない。
領地ならそれで良いが、『異世界人』の妻になるにはもう少し勉強が必要かな。
「アタト様、お久しぶりです」
老夫婦がやって来た。
「お久しぶりです。 お元気そうで」
妻を指名すれば夫婦揃って出て来るだろうと思った。
最初から夫婦で呼び出したら、警戒して夫しか出て来ない心配があるからな。
「すみません、急に来まして。 実はお二人にお願いしたいことがありまして」
ここでは話しにくいのでヨシローの喫茶店での昼食に誘う。
あそこの個室を使いたい。
「承知いたしました。 許可を頂いてまいります」
元侍女の妻が礼を取り、家令に話をしに行った。
僕は待つ間に、夫で引退したばかりの老兵と雑談をする。
「どうですか?、この辺境地は」
辺境伯領都より静かな田舎が良いと、老夫婦はわざわざこの町にやって来た。
「いやあ、領主様がお優しい上に、住民が皆さん気さくで楽しいですよ」
老兵の目がキラキラしている。
「猟師の真似事もされていると聞いてますよ」
「アッハッハ。 さすがエルフ様には敵いませんな」
この老兵、早くも魔獣狩りに参加していた。
案外、この町に来たのもそれが目的だったのかも知れん。
「住まいはずっとこちらに?」
「いやいやいや、探してはおりますが中々これという物件に巡り合いませんで」
確か夫婦で小さな店でもやろうと田舎へやって来たはずだ。
しかし、夫の方は魔獣狩りを楽しんでいる。
さすが辺境伯家の元兵士というか、辺境地では強いことは歓迎されるが、妻の方は困ってるんじゃなかろうか。
「お待たせいたしました」
老婦人が戻られたので揃って近くの店へ移動した。
店員に昨日の個室をお願いすると、すぐに通される。
「どうぞ、お好きなものを選んでください」
「ありがとうございます」
2人はガッツリとした食事を頼んでいた。
ゆっくりと良く味わって食べる。
食通らしい食べ方だなあと思う。
「ここは畜産が盛んと聞いていたが、本当に乳製品が美味いですな」
「あなた、お茶も大変に種類が豊富で美味しいですわよ」
共通の趣味の話で盛り上がる夫婦に、僕たちも食事が進む。
食後のお茶を飲みながら本題に入った。
「もし、お二人がまだお仕事が決まっていないのであれば、是非、僕の別荘に来て頂きたいのです」
「エルフ様がわしらを雇うと?」
「雇うというか、出資させて頂きたい。 そのために住む場所を提供し、身の安全を保証するということです」
モリヒトに商人組合でもらった不動産物件の地図を見せる。
「広場の一角に手頃な店がありまして、そこを使う予定です。 毎日ではなく、都合の良い日や働き易い時間帯に営業していただければ結構です」
「これは、なかなか広いですな。 田舎でも家賃が高そうだ」
老夫妻も色々調べていたのだろう。
店の場所は広場には違いないが、少し奥まった突き当たりにある二階家。
話が纏まれば買い取る予定だ。
「それと、この町の外れにある僕の別荘に住んでいただき、お二人には夕食をお任せしたいと思います」
たいした人数がいるわけではないので、そんなに時間は掛からないはずだ。
それが家賃代わりで、来客時の料理には特別手当を考えている。
空いている時間に料理や食材の研究も自由にしてもらって構わない。
「はあ、住み込みの料理人をやりながら自分で店もやると?」
「はい。 店の営業は昼が中心になると思いますが、それでもよろしければ」
別荘は森の中なので、夜間出入りするのはお勧め出来ない。
「ううむ。 アタト様がわしらにここまで良くしてくださる理由が分からねえ」
老兵はあまりの好待遇に胡散臭さを感じたようだ。
当たりだよー、爺さん。
「僕がお二人にお願いしたいのは、その店に関してなんです」
僕は、ニヤリと歪む口元を隠すように上目遣いになる。
「『異世界人』好みの食事を出す店にしたいんです。 あー、『高位神官様の料理』でも構いません」
アリーヤさんの街の飲食店で覚えた『ライス』をこの町で食べたいんだよ。




