第三百四十一話・魚醤の売れ残りと試作品
「私も行きたいです!」
ガビーが立ち上がって僕に訴える。
それは構わないけど。
「簡易版の銅板栞と干し魚の納品は大丈夫なの?」
護衛のドワーフの若者が、空いた時間に釣りを楽しんでいるそうだ。
解体と干し方の指導は女性たちにもしっかり教えて来たと言う。
元々ドワーフの女性たちは家事が得意だから問題はない。
「工房は、スーがちゃんと監督してくれてます!」
は?。 あのドワーフにしては不器用なスーに頼んだのか。
「ならいいか」
なんだか安心出来ないけど責任者はガビーだ。
好きにしろ。
モリヒトとドワーフ2人を連れて海岸に向かう。
漁師のお爺さんは、近所の漁師さんたちと総出で中庭で魚を干していた。
「お、坊ちゃん、久しぶりだな。 お帰り」
「はい、無事に帰って来ました」
「あ!、アタトだー。 お帰りー」
トスが駆け寄って来る。
「大漁だね」
「うん、すごいでしょ」
トスが自慢気に笑う。
お爺さんは少し困惑気味に顔を顰める。
「ここ最近、毎日こんな感じだ。 捕れ過ぎて気持ちわりぃくらいだ」
やはり魔魚の数が増えている。
「魚が余ってしょーがねぇから、魚醤にも回してるよ」
魚醤の樽の数を増やしたそうだ。
それは都合が良い。
「魚醤の注文が増えたのでお願いに来たんです」
「分かった。 家に入れ」
お爺さんは他の人にその場を任せ、僕たちを連れて家に入った。
改めて、旅の間に魚醤と干し魚の注文をもらった話をする。
「あのドワーフの行商人に渡せばいいんか?」
「はい、数日後くらいに交渉に来ると思います」
今はまだ注文の整理をしている段階らしいので、次の行商に出るための商品の手配はその後になるだろう。
ロタ氏の弟子のクンが頷いている。
漁師のお爺さんにすれば大量の干し魚が捌けるのはありがたいようだ。
「品物を見せて頂いてもいいですか?」
仲介した者として商品の確認は必要だろう。
「ああ、蔵へ行くか」
トスのお爺さんの家は、この辺りの漁師としては大きいほうで、簡易だが外からは見えない程度の高い塀に囲まれていた。
広い敷地に家とは別に蔵が3棟あり、敷地の真ん中には魚を運び込んで処理したり、干したりする中庭がある。
その蔵の一つに入る。
魚醤用の大小の樽が並んでいた。
中身を確認したが、品質は問題なさそうだ。
「仕込み時期をずらして出荷が途切れないようにしたいが、こう一気に来ちまうと売れるのか不安になる」
干し魚は元々保存食なので大量にあっても困らない。
魚醤に関しては、この町での消費も増えてはいるが高が知れてるからな。
「魚醤を使った商品が他にもあれば良いんだがな」
ふむ。
「有るには有りますけど」
「あ?、坊ちゃん、今なんて……」
僕は自分用に作った倉庫結界から小さな袋を取り出す。
「お、アタト、すげえなあ。 なんもない所から出すなんてモリヒトさんみたいだ」
トスが目ざとい。
「うん。 がんばって修行してるからな」
僕の保管庫は片手に乗る程度しかない。
まだまだ要領が小さいけど、これから拡張していくつもりだ。
小袋から取り出したのは醤油味の飴玉である。
「どうぞ」
お爺さんだけでなく、トスやドワーフ2人にも渡す。
「魚醤から少し塩分を抜いて、薬草と砂糖を加えて作っています」
「ほお」
恐る恐る口にした皆が驚く。
「甘過ぎないが、うめぇ」
「美味しいです!、さすがアタト様」
どうしても和菓子っぽいものが欲しくて試行錯誤して作ったものである。
「お菓子はそれぞれの家庭の味というか、母親が作るものだと伺いました。 僕は親を知りませんから適当に自分で作ったんですが」
お菓子というより、のど飴にしたら売れるんじゃないかと薬草の汁を配合してみた。
「薬草?」
独特の味にクンが首を傾げる。
「喉の痛みに効く薬草です」
食料品店で生姜っぽい香辛料を見つけたんだよね。
辺境地でも手に入るそうなので、割と安く買えた。
「これを売り出そうかと思ってます」
ワルワさんや医療関係の方々に相談するつもりだった。
漁師のお爺さんは頷く。
「なるほどな。 これなら大量に作っても保存が出来る」
「それなんですが、問題が一つありまして」
皆が僕に注目している。
いやー、照れるわ。
「砂糖の入手が難しいんです」
田舎で菓子を作る時は、ほとんどが蜂蜜を使う。
勿論、蜂蜜だけでも美味しいが、僕としては味が強すぎる。
「ヨシローさんの喫茶店は、領主家から一定量の砂糖を入手出来るんですよねー」
『異世界人』に対する配慮というものだ。
大量に消費しないのであれば、国が手配してくれるらしい。
だけど、僕たちはそれを使えない。
高くても他領から仕入れるしかないのだ。
せっかく魚醤も生姜も安く手に入るのに、勿体無い話である。
「それ、オイラに交渉させてもらえないですか?」
クンが突然、声を上げる。
「砂糖ですよね。 ちょっと仕入れ先に心当たりがあります」
「分かった。 ロタさんにも相談してみてくれ」
僕は頷き、クンに頼むことにした。
そして漁師のお爺さんには、
「蜂蜜で作ってみます。 これと同じ味にはなりませんが、魚醤の消費にはなるかと思うので」
と、伝える。
「そうか。 じゃあ、今、出せる魚醤を持っていくか?」
それはありがたい。
是非とお願いして、小分けされた魚醤の小樽を5個購入した。
港を離れる前に海岸の様子を見に行く。
「モリヒト、どうだ?」
『沖合にかなりの量がいますが、こちらではなく、塔の方角に向かっています』
その群れから外れた魚が、漁師たちの魔力の餌に釣られている感じだ。
「トス。 お爺さんにしばらく漁は控えめにしてくれるように頼んでくれ」
浜に近い場所ならいいが、舟は危険だ。
「なんでアタトが自分で言わないのさ」
ぐう、正論。
「僕が同業者だからだよ。 自分はよくて、他人にはダメだって言ったらおかしいだろ」
「そりゃ、そうだけど。 今の話だと魔魚が大量に発生してるかも知れんのやろ?」
僕は頷く。
「分かった。 危険だって言っとく」
「ありがとう、トス」
爺さんってのは、眉唾な話でも孫の話は聞いてくれるもんだよ。




