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異世界を信じる者たちへ 〜何故かエルフになった僕〜  作者: さつき けい


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第三十四話・本の返却に行く


 市場でのアレコレをヨシローに任せて、僕とモリヒトは教会に向かった。


前回借りた本を返すためだ。


同じ広場周辺に市場も喫茶店も、そして教会もある。


大変、便利で助かった。




 相変わらず、出入りする信者が多い。


目立つ背丈のモリヒトは姿を消し、子供の僕だけになる。


サッサと抜けてしまおう。


礼拝用の建物を抜け、蔵書室のある執務用の建物に入る。


そこで警備隊の人に止められたのを幸いに、身分証を見せて案内を頼む。


「エルフ殿でしたか。 はい、騎士ティモシーから話は伺っております。


どうぞ、こちらです」


今日は若い男性の警備隊員だ。


「お忙しいところ、申し訳ありません」


「いえ、とんでもない。 教会内の案内も我々の仕事ですから」


爽やかな笑顔だ。




 ティモシーさんの話では、この世界の神職はとても忙しい。


神官や祭司になるには特殊な才能と厳しい修行が必要とされるため、絶対的に数が足りないそうだ。


しかし、最高位の神職は高位貴族よりも位が高く、民からの信頼も厚い。


たとえ国王であっても無視出来ない存在なのだとか。


「そういえば、教会内であまり神官様の姿をお見かけしませんが」


教会に来たのはまだ二回目だが、歩きながら若い隊員に疑問に思っていたことを訊ねてみる。


「申し訳ありません。 神官の皆様は大変お忙しくて、お出かけになられていることがほとんどなのです」


信者に対応する修道女と神官見習い、あとは事務仕事をする文官はいるが肝心の神官がいない。


そして、教会内部で一番目につくのは教会警備隊である。


「神官様は人間の生死に必ず必要な方々なのです」


赤子が産まれれば祝福を、亡くなった方の知らせには葬儀の祈りを。


大きな町なら複数人の神官が在籍している場合もあるが、ここは辺境地。


神職も人手不足らしい。


「申し込みされた順に対応させて頂いているのですが。


どうしても自分のことを優先にして欲しいと、横槍を入れる者が後を断ちません」


その手の揉め事を納め、神官たちの警護をするのが警備隊である。


「その警備隊も人手不足で、あはは、はあ」


若者はため息を吐く。


確かティモシーさんも他の町からこの町に応援に来ていると聞いた。


そっか、大変だな。 がんばれ。




 蔵書室に到着し、中に入る。


若い警備隊員は司書に僕を引き継ぐと足早に去って行く。


どれだけ忙しかったのか。


わざわざここまで送ってくれて、ありがたいことだ。


今度、警備隊宛に魚の燻製でも差し入れしよう。


「こんにちは、先日はありがとうございました」


以前と同じ高齢の司書さんだったので、挨拶して借りた本を返却する。


「長い間お借りしてすみませんでした」


元の世界の感覚だと、貸出図書はだいたい二週間ほどが期限だったと思う。


この世界での期限は分からないが、それでも約一ヶ月は長いかも知れない。


「確認いたしました」


本を確認した司書の老人は僕に礼を取る。


「本を丁寧に扱っていただき、ありがとうございます」


そして、


「また何か借りていかれますか?」


と、訊いてきた。




 僕は少し考える。


「お借りしたいのですが、僕は三十日に一回しか町に来ません。 それでもよろしいのでしょうか?」


前回はティモシーさんのお蔭で借りられたが、今回はいない。


司書のお爺さんは優しく微笑む。


「エルフ殿であれば大丈夫でしょう」


きちんと返却したことで信用を得られたようだ。


 この世界の本を見る限り、印刷技術はかなり高度だと思う。


過去にも『異世界の記憶を持つ者』が何人かいた世界だから、その人たちが残した技術なのかも知れない。


それならば、本自体はそんなに高価でもないのかな。


「あのー、この本を購入することは可能なのでしょうか」


ティモシーさんが選んでくれたのは子供用の辞書だった。


僕はこの本を何とか購入したいと思っている。


「その本でしたら、中古なら手に入るかも知れません」


え、中古があるのか。


「ぜひ欲しいです!。 おいくらぐらいするのですか?」


僕が前のめりに訊くと、司書さんの顔の皺が深くなる。




「あまり綺麗とはいえませんが、これをどうぞ」


司書さんがゴソゴソと足元から取り出したのは同じような装丁の本だった。


ただ、今日返した辞書よりは古いのか、使い込まれている感じがする。


「私が他の町で教師をしていた時に使用していたものです。


今は預かっている子供たちもおりませんので、よろしければお持ちください」


価格を訊いても教えてくれない。


「私が個人的にお貸しするので、不要になったら返してくだされば結構です」


それまで持っていてもいいし、破損したら捨てても良いという。


僕は嬉しさと申し訳なさで複雑な気持ちになった。


「ですが、これ、思い出が詰まっているものでは?」


司書さんは静かに頭を横に振る。


「思い出はちゃんと胸の中にございます。 本は必要とする者のところにあるほうが幸せでしょう」


僕はその本を受け取った。


おお、さっきの本より重みがある。


教師が使用していたというなら、今までの本より大人向けなのかも。


何だかドキドキする。


「ありがとうございます」


早く帰って開いてみたい。 どんな文字が見られるのだろう。




 それから数冊、ガビーのために子供用の本を選ぶ。


「あのー、若い女性が読む本はないでしょうか」


ふとガビーが喜びそうな本がないかなと思った。


勉強用じゃなく、楽しむためのもの。


「ございますよ。 では探してまいります」


司書さんはそう言って書棚の奥に消えて行った。


 司書さんの姿が見えなくなったところでモリヒトが姿を現す。


「これ、無期限で貸してもらえることになった」


『良かったですね、アタト様』


「うん」


本を抱える僕を見てモリヒトは微笑んだ。


 戻ってきた司書さんはモリヒトを見て一瞬たじろいだが、無表情のまま手続きをしていく。


前回より少し上の年齢対象の本を数冊とガビー用の本を二冊、モリヒトに渡す。


「大切にします」


僕は司書さんからもらった本を抱き締めて礼を取る。


「いつでもお待ちしております」


司書さんに見送られて僕たちは蔵書室を後にした。


 

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