第三百三十九話・別荘の暮らしを始める
「お帰りなさいませ、アタト様」
執事服のキランが待っていた。
「サンテリー様、ハーナ様も、よくいらっしゃいました。 これからはこちらでお世話をさせていただきます。 よろしくお願いいたします」
双子に使用人としての礼をキチンと取る。
キランは王都の辺境伯邸で双子には会っている。
あの時も面倒を見てくれていた。
「えっ、キランさんとおれたちって立場は同じですよね?」
サンテが首を傾げる。
モリヒトがとにかく家の中に入れと言うので、一階奥にある来客用の部屋へ移動した。
キランにすれば、主人である僕が引き取った子供なので雇い主の家族だ。
しかし、双子としては「教会から引き取られた」のは仕事をさせるため、と思っている。
つまり、使用人として引き取られたと思ったようだ。
「確かに僕はサンテたちを教会から預かって一緒に住むけど、家族というわけではないよ」
この場合の「引き取る」は「身元引き受け」に近い。
何かあれば僕が責任を取るけど、親というより雇い主に近い。
「じゃ、やっぱり」
サンテの言葉をキランが遮る。
「いいえ。 私は辺境伯家からの出張で、こちらで修行させて頂いている身です。 アタト様が直接雇用なさっている方々は、私にとってアタト様のお身内と同じです」
と、いうことらしいよ。
僕にとってはどうでもいいことなので、その辺りは当人たちに任せる。
「ではキラン。 双子を部屋に案内してくれ。 サンテとハナは今日はのんびりしてていいよ」
まだ注文した家具は届いていないが、代わりに使用人用の質素な家具や寝具は入っている。
「改めて必要なものがあればモリヒトに言ってみて。 もしかしたら保管庫にあるかも知れないからね」
後は、この家を見て回りたいならモリヒトに頼むように言って、僕は自室に戻った。
この家では、基本的に僕は地下の自室にいる。
執務室も兼ねているし、用事がなければ食事もひとりで取る予定だ。
改めて別荘の内部は。
玄関の天井は2階まで吹き抜けで中央に階段。
1階奥には、簡易な来客対応用部屋と護衛用の待機室。
それに簡易厨房と食堂付きの使用人たちの控え室がある。
双子の部屋は使用人用部屋に隣接した形にした。
キランには、食事は双子と一緒にこの食堂で取るように頼んである。
2階は貴賓客用の応接室を中心に、一部屋一部屋、見映えがするように作られている。
そもそも、ここは貴賓客の対応のために造った別荘だからな。
厨房と食堂を兼ねた会議室、寝室も護衛部屋付きだ。
同じ護衛や使用人部屋でも、1階は平民用、2階は貴賓客の連れて来る側近用になっている。
地下は、モリヒトがかなり広めに作った。
僕の自室の他に風呂場も2箇所に分け、1つは大浴場並。
階段から続く廊下はドワーフの地下道に繋がっていて、すぐ宴会になるドワーフたちが押し掛けて来た時用の大広間がある。
何かあった時のために貯蔵庫も広くとってあり、仲間たちが自由に泊まれる個室が並ぶ。
ガビーに頼まれてドワーフの作業部屋も作ってあるので、こちらで仕事も出来るようになっていた。
僕の自室の壁は落ち着いた和風の塗り壁風。
床は暗い茶色の木目調。
暖炉、ベッド、ソファとテーブルのセットに、仕事用の事務机や大きな書棚まである。
ここに、冬はコタツも設置。
壁にある木目調の扉の奥には大理石の浴室。
衣装部屋には王都用に仕立師の爺さんが張り切った衣装が並んでいるし、靴を並べた棚もある。
こうして見ると量がメチャクチャ増えたなあ。
特製便器のお手洗いと洗面所は一部屋になっている。
どうせ使うのは僕だけだし良いけど。
しかし、モリヒト特製の大理石ぽい温水洗浄機付き暖房便器。
この世界には一つしかないモノだ。
ヨシローから異世界の話を聞いたモリヒトが、無駄にがんばって作った魔道具。
僕が『異世界の記憶を持つ者』ってバレる逸品。
ヨシローをこの部屋には絶対に入らせない理由である。
どうやら精霊王は、僕を勝手に呼び付けた罪悪感から、なるべく元の世界のように快適に過ごせるようにモリヒトに命令しているらしい。
さらに、ここの地下は普通とは違う。
3つに区切られ、居住区、訓練所、地下牢がある。
訓練所はあまり人前で見せられない魔法や武器を使うための場所であり、地下牢はモリヒトの要望で作られた。
どんだけ嫌いな人間がいるのかね。
こんな田舎にまでやって来て嫌がらせするようなヤツはいないと思うよ。
『念の為、です』
あー、そーですかー。
自室に戻って驚く。
見たことのあるミカン箱が置いてある。
「まさか、これ」
恐る恐る開くと、予想通り手紙の山だった。
また手紙の整理をしなくちゃいけないらしい。
つまり、ここでの仕事の大半は手紙の整理になりそうだ。
「ハァー」
ため息も出るというものである。
基本的に僕に来る手紙は湖の女性神官からだ。
距離があるため精霊を使って受け渡しをしている。
黒馬魔獣型の精霊は遠出が好きらしく、文句一つ言わずにやって来る。
精霊は気まぐれなので、これからどうなるかは未定。
あまり長期間は利用出来ないと思う。
それとアリーヤさんの実家である食料品店。
こちらは書類を配送する専門家を雇っているらしい。
入荷の予定だけでなく、新しい商品の宣伝まで入っているのは流石だ。
大旦那の領地からは、次期領主のお嬢様からの報告書も届いている。
こっちは距離が近いため、領兵が脚の速い馬を使って届けてくれたようだ。
エルフの村関係は、モリヒトが僕の目には入らないようにしているから知らん。
「もしかして、これって精霊以外は全部領主館に届いてる?」
『今のところ、領主館とワルワ邸が半々ですね』
確かに今までは僕の塔に手紙を届ける手段はなかった。
これからは別荘に届くように手配をお願いする。
『承知いたしました。 各所には私から伝えておきます』
よろしく頼む。
今さらだけど、これからどんな手紙が届くか分からないし、その時に他人を巻き込むわけにはいかない。
気を付けよう。
はあ、人里に定住するのは厄介だな。




