第三百三十三話・我が家の工房が占領された
そこへ気配と声が近付いて来る。
「やっと来たか。 待ちかねたぞ」
「親方、おはようございます」
ガビーの父であり、ドワーフ街の大きな工房の主。
「アタト様、お帰りなさい。 あの、その、すみませんっ」
親方の後ろからガビーがペコペコと謝る。
ガビー、お前のせいじゃないんだから謝らなくていいぞ。
「ただ今、戻りました。 すみませんが、とりあえず落ち着きたいので」
「おお、そうじゃったな」
移動で一晩歩きっぱなしだったので休みたい。
地下に入る前に、モリヒトが念のために浄化と清掃を発動した。
何か入り込んでいたら嫌だしな。
久しぶりの我が家だ。
僕は地下への階段を下りる。
ここは元々放置されていた廃墟だった。
町でも領主に確認したが、記録もなく、持ち主はとっくに亡くなっているだろうという。
ならば、今さらなので僕が所有しても大丈夫だとの見解である。
エルフ?、知らん。
アイツらが主張して来たら全部ぶっ壊して逃げるさ。
「え、こっちのほうが家?」
キランがブツブツと呟く。
うん、分かるよ。
普通のエルフや人族は地上に住むもんな。
僕はたまたまエルフ族から逃げ隠れしてるから、普段生活している場所は地下なんだ。
一番広い部屋が僕の居住空間。
寝室であり、台所付き食堂であり、応接兼用の居間。
ウゴウゴが久しぶりの自分の巣箱を目指してニョロンと移動して行った。
タヌ子たちは森の中だろう。
黒いのが一緒なら捕まったり、怪我したりはしていないはずだ。
元は野性の魔獣。
気が向いたら、そのうち来るさ。
四角い囲炉裏を囲んだ椅子に座る。
「適当に座って」
皆に座るように促し、モリヒトに飲み物を頼む。
モリヒトは茶葉の在庫を調べながらコーヒーを淹れてくれた。
ん?、これから寝るんだけど、大丈夫かなと思ったらミルクがたっぷり入っている。
美味そう。
「敷地内に勝手に建てちまってすまん」
やはりアレはドワーフの仕業か。
「いえ、いいんです。 新しい工房ですよね」
「うんむ」
モリヒトからお茶のカップを受け取り、親方は頷く。
「工房といっても、まだ一部しか出来ておらん」
見た限り、地上にあるのは地上への出入り口だけ。
見た目は四角い小屋だが、中は階段と玄関ホールのみらしい。
これから僕の住んでいる場所と地下道で繋ぐことになる。
どうやら、あの建物は非常口になりそうだ。
僕が提唱したドワーフの女性たち用の工房。
金属の武器や防具ではなく、女性らしい小物や食器を中心に制作する工房である。
以前から、新しい工房はドワーフ街ではなく、僕の塔に作る案が出ていた。
「スーたちも無事に戻って来たからな。 一応、組合の許可は下りたぞ」
以前、ドワーフの鍛治組合に工房を作る許可を申請したが却下されていた。
なのに、何故かスーを押し付けられた、という経緯がある。
スーは鍛治組合の重鎮の孫で、家を追い出されるほど不器用なドワーフ娘だ。
新しい工房を認めてもらうためにはスーを預かるしかなかった。
「スーは今、どうしてるの?」
鍛治室には彼女の姿はなかった。
「教会用に作った御守りをもっと可愛くしたいって部屋に篭ってます」
ガビーが教えてくれる。
「王都や他のドワーフ街の話を聞いて、鍛治組合も納得してくれたのでしょうか」
ドワーフ族の名家のお嬢様であるスー。
最終的には彼女が祖父を説得した形か。
「行く先々で新しいドワーフの工房や作品を見て来た者たちから話を聞いて、さすがに危機感を持ったんだろうよ」
頭の固いドワーフたちも反対しにくくなったということらしい。
「それでな」
親方が何を言いかけたところで、ガビーの工房が騒がしくなる。
ガビーが急いで席を外す。
「ガハハハ、実はもう工房は動いておるんじゃ」
は?、なんですとー。
「アタト様、おはようございます」
旅で一緒だった職人見習いのドワーフのおねえさんが顔を見せた。
その後ろにはゾロゾロと老若取り混ぜたドワーフの女性たちが5人ほどいる。
「ん、おはよう。 えっと、どういうこと?」
僕は親方を睨む。
ここに住んでいるのは僕で、ガビーは僕が雇っている職人だ。
当然、ガビーの工房も僕の所有であり、家主は僕なんだが。
「せっかく許可が下りたんだ。 早い方が良かろう?」
僕の知らない間に新しい工房が出来上がっていたらしい。
僕は立ち上がり、ガビーの工房を見に行く。
鍛治室が拡張され、一つしかなかった窯が4つも並んでいた。
設計用の台、休憩や商談用のテーブルと椅子。
女性たちの賑やかな声が響く。
「アタト様、本当にありがとうございます。 こんな素晴らしい工房が用意されているなんて!」
王都にも無かったと見習いのおねえさんは喜んでいる。
奇遇だな、僕も今まで知らなかったよ。
「親方、すみませんがロタ氏を呼んでください。 彼女たちと正式に契約しないと」
さすがに僕がいない間に雇用契約は出来ない。
「お、おう。 今夜にでもこっちに寄越す」
「お願いします」
モリヒトに頼んで土産の酒樽を渡しと、親方はホクホク顔で地下街に戻って行った。
「 ガビー」
「は、はいっ」
「僕はしばらく休む。 後は頼んだ」
頭が痛くなってきた。
「はい、お任せください!」
本当に頼むよ。
自分の部屋に戻り、軽く食事を取って寝ることにした。
トスが来た時に使った予備のベッドをキランに貸す。
「そういえばキラン。 猟師さんのところに泊まり込んで修行してたんじゃないの?」
寝巻きに着替えてベッドに潜り込む。
「アタト様がお戻りになるまで、と言ってありましたので」
丁寧に礼を言って出てきたそうだ。
そのためにバタバタして遅くなったと謝られる。
いや、それは構わない。
なんなら僕のことは忘れてても良かったんだが。
でも修行の中途半端は良くないな。
明日からモリヒトに指導させよう。
あー、双子の受け入れ準備もしなきゃ。
部屋はどうしようかな。
なんにせよ、忙しくなりそうだ。
「おやすみ」
「おやすみなさい、アタト様」
『おやすみなさいませ』
モリヒトが室内だけに結界を張って、暗くし、部屋の外から聞こえる音を遮断した。




