第三百二十九話・魔力の解放と才能
夫人の実家である大旦那の領地も同じだけど、領主交代というのはものすごく難しい。
「それまでに、ヨシローさんにはしっかりと学んでいただかないと」
僕とご領主とでニヤリと笑顔を交わす。
「ではサナリ様、お部屋にご案内いたします」
「へっ」
ヨシローは、さっそく引越しのために家令さんに連れて行かれた。
領主館を出ると警備隊の若者が待っていた。
「アタト様を教会にご案内するように頼まれました」
「お手数掛けます」
ティモシーさんは元からヨシローの護衛兼監視役なので、そのまま領主館に残る。
教会は領主館に近いため、僕たちは歩いて向かった。
「ジョンさんってまだ若いんですねー」
ワルワさんからもらったのは、息子さんがまだ少年の頃のものらしい。
若々しい服なので、年相応に見える。
「す、すみま、せん」
「なんで謝るんですかー」
若者はケラケラと笑っているが、別に嫌味を言ってるわけじゃないことくらいジョンにも分かっている。
しかし、歩いているといつもと違って戸惑う。
「なんだか住民の皆さんの僕を見る視線がすごいんですけど」
じっと見られたり、コソコソと話し合う姿が見える。
「あー、あれはですね」
前を歩いていた若者がクルリと振り返って僕の顔を指差す。
「アタト様、人間になってるじゃないですかー」
「は?」
何を言われたのか分からない。
「ほら。 オイラたちは旅でずっと一緒だったから慣れましたけど、アタト様は町にいた頃ってフードで隠してましたよね」
エルフ族は嫌われていたから顔は隠していた。
「そっか。 人間の姿の僕を見たことがない人が多いんですね」
「そういうことです!」
僕が魔宝石を使って人間に擬態するようになったのは王都に向かっていた途中、湖のある観光地からだ。
普通に歩きたかったからなんだけど。
そうかー。
「皆、アタト様の顔が見れて喜んでますよ」
え、そうなんだ。
喜ばれるとは思わなかった。
ちょっと顔が熱い。
教会奥の蔵書室の前に、いつもの司書さんが立っていた。
「アタト様、お帰りなさい」
ニッコリと笑ってくれる。
「無事に戻りました。 司書さんが教えてくださった方にもお会い出来ました。 ありがとうございます」
「それは良かった」
孫を見る祖父のように目を細めた。
「神官様に御用とか。 一応、私も神職ですので立ち会わせて頂きますね」
司書さんが一緒なら心強い。
ティモシーさんがいないから少し不安だったんだ。
警備隊の若者が扉を開いてくれる。
「お帰りなさいませ、エルフ殿」
田舎の教会の神官長がいた。
つまり、一番偉い人である。
「本日はよろしくお願いいたします」
僕はモリヒトからお金の入った小袋を受け取り、神官の隣に立つ見習い神官に渡す。
小さく「ありがとうございます」と礼を取ると、部屋から出て行った。
「どうぞ、お座りくだされ」
長椅子に僕とジョンが座り、椅子の後ろにモリヒトが立つ。
警備隊の若者は邪魔が入らないように部屋の外で警戒に当たる。
神職らしい男性がお茶と、田舎の教会にしては珍しくお菓子をワゴンで運んで来た。
「アタト様、先日は女性神官に対する修行を精霊様から教えて頂いたとか」
「あー、あれは、たまたま湖の精霊様が女性の神官様を気に入って、私に仲介を頼んで来たのです」
老神官はウンウンと頷く。
「ともあれ、女性のみならず、年齢や身体に問題があり修行が難しい者たちにも神官への道が開かれました。 ありがとうございます」
え、そうだったのか。
「女性専用の修行だと聞いていましたが?」
「私どもでは精霊様に修行の成果を見て頂き、判断して頂こうと思っておりますゆえ」
ま、まあね。
文字の美しさが一定の水準に達していて、さらに魔力が乗せられるなら、修行の成果はあったことになる。
別に男女で変わるとは思えないしな。
菓子を運んで来た男性は、僕に深く礼を取ってから部屋を出て行った。
彼には片腕が無い。
あの彼にも可能性が出て来たということだ。
「分かりました。 お伝えいたします」
判断するのは僕だけど、その時はまた色々と精霊たちと相談しよう。
「では、そろそろ」
人払いが済むと、老神官は小袋を手にする。
王都で何度か目にした魔道具のコインが出てきた。
「ジョンくん。 片手を出しておくれ」
「は、はい」
恐る恐る右手を出し、手のひらを上にした。
そこにコインを乗せた神官は、そのまま自分の手でジョンの手を握る。
驚いて動けないジョンは僕に助けを求めるように顔を向けた。
僕は安心するよう、彼に微笑み掛ける。
しかし、いつもより時間が長い。
ようやく神官の手の中がボンヤリと光った。
ブツブツと何かを唱えていた神官は、そっとジョンの手を放す。
「魔力の解放は終わりましたぞ。 これで魔法は使えるはずですじゃ」
ジョンはホッとした顔になる。
どうやら魔力量は人並みといったところだな。
神官長は司書さんに紙とペンを頼んだ。
司書さんはいつも持ち歩いているようで、すぐに神官長に手渡す。
「んーむ」
神官長は悩みながら紙に文字を書いた。
「アタト様。 この方の才能を調べようとすると、何故かよく見えないのです。 分かる部分だけを書き出しますので、後は司書にお聞きください」
僕たちはポカンとする。
司書さんだけは「承知いたしました」と、普段通りに紙を受け取り、ペンを片付けた。
「それではアタト様、ジョンくん。 蔵書室で調べましょうか」
「は、はい」
僕たちは神官長に感謝の礼を取り、部屋を出た。
警備の若者と合流し、蔵書室に向かう。
司書さんがお茶を淹れてくれた。
「申し訳ありません、アタト様。 神官長は最近ご高齢のせいか、魔道具で浮かんだ文字を正確に読み取れないようなのです」
そういうことか。
「いえ。 無理を言って見て頂き、感謝いたします」
魔力解放は神官なら誰でも行える。
問題は才能のほうで、こちらはきちんと修行をした高位神官でないと読み取ることは出来ないらしい。
先ほどの紙を見せてもらう。
「これは高位神官にしか解読出来ない、暗号のようなものです」
僕の心臓が跳ねた。




