第三百二十六話・町の変化に戸惑う
朝になり、準備を終えた僕たちは出発した。
3日後には懐かしい町に着く予定。
何しろ、春になった頃に王都に向かい、今はもう夏に近い。
「エテオール王国の辺境の町バイットですよ」
「へえ、知らなかった」
それが僕たちが拠点としている町の名前だった。
僕とジョンは、ヨシローと共に馬車の中で辺境伯家の元侍女である老婦人から講義を受けている。
何故か、僕がジョンの世話をするとモリヒトの機嫌が悪くなる。
『アレには子供の頃から雇い主がいました。 裏切られたといっても、ずっと依存して生活してきたはずです』
その依存先が僕になることを避けたいらしい。
『アタト様に前の主人のことを何でも話すのは、新しい主人をアタト様にしようとしているからでしょう。 それはさせません』
モリヒトはジョンを僕の傍に置くのを嫌がる。
まあ、将来、自活するためにも依存させない方が良いよな。
「分かった。 じゃ、ヨシローの力を借りよう」
なので、ヨシローを巻き込んだ。
悪気のなさはジョンでも分かるだろう。
全財産を僕に取り上げられているせいか、思ったよりおとなしく過ごしているし、危険はなさそうだ。
だが、ヨシローの身の安全は僕たちがきっちりと守る必要がある。
結局、ジョンには僕かヨシローが付き添っている状態が続いていた。
「王都は周りを山に囲まれた盆地にありまして、東西に街道が通っています」
僕たちは、その東へと向かう街道を進んでいた。
東の果てには海、西の山々の先に樹海があり、その向こうに他国があるらしい。
「南北の山脈は越えることは厳しいですが、その向こうにもいくつか小さな国々があるそうです」
たまに交流はあるらしい。
珍しいもの好きな商人や、厳しい道を歩くことを好む探索者がいる。
彼らのお蔭で他国のことを知ることが出来るのだ。
しかし詳しいことは極秘情報らしく、国民にはあまり教えられていない。
おそらく、あまり仲の良い国ではないのだろうな。
汐の香りがして来た。
緩くうねる稜線を眺め、放牧された家畜たちに出迎えられる。
夕方には町に着くだろう。
「ようやく帰って来ましたね!」
辺境の町出身の教会警備隊の若者が馬車と並びながら声を掛けてくる。
「少し長かったから、ご家族も心配されてるでしょうね」
「いやあ、それはないっす。 オイラも教会育ちで警備隊のおっさんの家に引き取られた身なんで」
そういえば、長年、魔獣被害の多い辺境地では身寄りを亡くして教会に預けられる子供も多い。
だが人手不足の土地なので、だいたいはすぐに働き手として、どこかの家庭に引き取られるのだ。
「それでも育ててくれた親父ですから、待っててくれるとは思いますけどねー」
やはり嬉しそうな顔になる。
最後の休憩地点。
初めて辺境地を訪れる王都育ちのドワーフのクンと見習いのおねえさんは少し心配そうだ。
「ここまで来る間にも寂れた町はあったけど、こんなに人に会わないのは初めてかも」
「私もー」
大きな街道を行き来する馬車や旅人はそれなりにいる。
しかし、こんな物騒な辺境地まで足を伸ばす者はあまりいない。
だんだんとすれ違う馬車が少なくなっていた。
僕らとしては、祭りや収穫時期でもなければ、こんなもんだと思うがな。
先に進むと海が見えて来た。
水平線が曲線に見えるということは、この世界も球体の星の上なのだろう。
「湖とは違うんだね」
クンがその広さに驚く。
「波の音も湖とは違うようです」
長く辺境伯の王都邸で働いていた老婦人も馬車の窓から眩しそうに海岸を眺めていた。
「あれ?」
最初に異変に気付いたのはヨシローだった。
ティモシーさんたち護衛は気を配ってはいたが、それは警戒対象ではなかったのだ。
御者の老兵はそれが日常と違う光景とは思っていない。
僕はヨシローに促されて、馬車の窓から外を見る。
「なんだ、あれはー」
海岸に近付くにつれ、人が増えていく。
まだ町には入っていない。
ここはまだ郊外である。
普通なら魔獣が出るから、許可なく近寄ってはいけない地域に入るはずだ。
「ちょっと見て来ます」
警備隊の若者の馬が駆けて行った。
馬車と荷馬車の隊列はゆっくりと進む。
何かあったのかな?。
「大丈夫ですよー」
戻って来た警備隊の若者が笑っていた。
「町の住民が出迎えてくれてるみたいです」
「え?」
確かに町から嫌われていたわけではないけど、出迎えを受けるようなことをしたかな?。
「アタトー」
真っ先に駆けて来るのはトスだ。
馬車が停まる。
「トス!、元気そうだな」
僕は馬車を降りて迎える。
「そっちこそ!」
あははは。
「しかし、どうしたんだ?。 なんでこんなに人が多いの?」
「あー、領主のお嬢様がそろそろアタトたちが着く頃だって教えてくれたから、迎えに来た!」
いやいやいや、だからなんでだよ。
「皆、ずっと心配してたんです。 アタト様がもう戻って来ないんじゃないかって」
トスの後ろにいたのはバムくんだった。
バムくんの鞄から、ニュルンとウゴウゴが顔を出す。
「ウゴウゴ、色々ありがとな。 おいで」
手を差し出す。
『ワーイ、アタトー オカエリー』
「ふふっ、ただいま」
ヨシローたちが乗った馬車には先に領主館に行ってもらうことにした。
僕とジョンとモリヒトは、そこからトスたちと歩いて行く。
「おれたちも先に帰るぞ。 落ち着いたら顔を出す」
荷馬車からロタ氏が手を振る。
「はい。 親方によろしく伝えてください」
僕も手を振って見送った。
ジョンは初めて見る海に興奮気味。
「アレも拾って来たの?」
トス、失礼だから指差すな。
「友達になったんだ。 貴族家を解雇されて困ってたから一緒に辺境地に行こうって誘った」
「ふうん、いいけど」
しかしなんで皆、海岸にいるの?。
「あー。 アタトたちを待ってる間に釣り大会になっちまったんだよ」
大人も子供も混ざって釣り竿を投げていた。
「やってみるかい?」
バムくんがジョンに竿を渡し、トスが釣り方を教えている。
お節介で優しい人たちに迎えられ、僕は帰って来たと実感した。
今度こそ、のんびり生活するぞ。




