第三百二十五話・お互いの信頼を探す
ジョンは疲れたのか、先に寝ると言って寝室に入って行った。
「アタトくん。 彼は?」
ロタ氏が訝しむ。
そっか。 説明しないとな。
僕はモリヒトに目配せして防音結界を張ってもらう。
ジョンにも、この家の使用人たちにも聞かせたくない。
「他言無用です。 もし、秘密を守れないと思ったら聞かないほうがいいですよ」
僕はそう言って皆の顔を見回す。
皆が頷いたのを確認して話し出す。
「僕が、あの領地で気になることがあったのを知ってますよね?」
顔を見合わせる者たちの中でティモシーさんが発言する。
「あー。 領主様が声を荒げたアレだよね。 前の前の領主ご夫妻が亡くなった事件」
「あの大旦那様の息子夫婦か」
ヨシローが思い出して頷く。
「はい。 そして僕は先日、あの館で暴漢に襲われかけました。 スーが見たのは、その時に屋根から逃げた僕です」
スーは「あっ」と声を上げる。
「あの時は大会まで混乱を招きたくなかったので、内緒にしました」
驚くスーに嘘を吐いたのは謝る。
「それと関係があるって言うの?」
「ええ。 元凶は同じだと思いました。 でも僕は勝手に動けません」
何せ、領主である大旦那には詮索を止められていた。
僕を売り飛ばそうとしたのは、隣家の女主人が命じたわけではなく、使用人たちが勝手に動いたのだと思う。
そういう愚行を、あの貴族家では許している。
「彼らは、僕が領主様に嫌われていると思い、子供ひとりくらい居なくなっても騒ぎにならないと思ったようです」
何せ、大旦那は息子夫婦の死さえ、孫の虚言を信じてろくに捜査もしなかった。
それに意見する護衛騎士を領兵隊という忙しい任務につかせて黙らせたのだ。
ティモシーさんは腕を組んで唸る。
「隣家では大旦那様の奥様が亡くなった辺りから、素行の良くない者たちが雇われていたようです」
中位貴族の家から、高位貴族である領主の妻になった娘が亡くなった。
おそらく、資金援助を受けていたのだろう。
妻が亡くなると領主は不在が多くなり、思うように援助が受けられなくなった。
そのため、少しでも給金を安く抑えようと怪しい者たちを雇い始めたようだ。
「2年前、それを止めようとした領主夫妻を殺めたのも彼らの内のひとりでした」
「なんと……」
ティモシーさんだけでなく、皆が顔を歪めた。
だから大会で、領主家にもあの隣家にも、人が少なくなる時間を狙って動いた。
僕が騒ぎを起こせば領主家の醜聞になるのは間違いない。
新しい領主候補のお嬢様のお披露目の日なのに、それはかわいそうだ。
「ですから、僕たちは街を出たことにしました」
街の住民も気付いていないと思う。
そして、後の処理は大旦那宛の手紙に書いて任せてきた。
「大旦那様がどうなさるかは自由です」
証拠として庭の一画にある隣家との出入り口も見つかり易いようにしてある。
明日の朝なら確認出来るだろう。
「しかし、領地の問題は次期領主となるお嬢様にも関係します」
そのため、同じものをお嬢様にも渡して来た。
大旦那を監視してもらうために。
「なんて書いたの?、教えてよ」
スーは知りたがりだな。
「僕からの要望を書いただけです」
まずは、領兵隊を警備隊に戻して領地内の各町に配備すること。
魔獣被害もないのに、あんなに兵士はいらん。
領主家には優秀な護衛騎士だけで十分だ。
だから、あの広い高位貴族領に人数を分けて配備すれば、領民も国の貴族管理部も安心するさ。
お嬢様付きだった老侍女は、領兵の兵舎の方で雇ってもらえることになったしね。
そして、隣家の中位貴族家には今後何があっても関わらないこと。
使用人の往来を断ち、庭の裏口を閉鎖するだけでいい。
僕のことで何か言ってくるかも知れないけど、大旦那には関係がないから無視しろと書いた。
言いたいことがあるなら直接、辺境地に来いってな。
あの家にはもう暗殺者はいない。
ジョンがそう言ってた。
なので今後、次期領主候補が脅かされることはないはずだ。
「でも、領主様はアタトくんのお願いを聞く必要なんてないんじゃない?」
ヨシローは首を傾げる。
「ええ。 もちろんです」
だから餌もぶら下げてきた。
「いつか僕の要望通りになったら、モリヒトを派遣しますので、また剣術大会をやりましょう、とね」
「ガハハ。 そりゃあ、領主様は悩むな」
「まったくだ」
皆が笑った。
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「なるほどな。 これが隣家が勝手に領主館に出入りしていた証拠か」
「あのエルフの小僧はなんて事をしてくれたんだ!」
「しかしながら、これは領地や領主様にとっては良い事でございましょう。 過去も含めて謎が解けましたからな」
「お前はわしの部下だろう、意見する気か」
「領兵隊の隊長として。 長年、領主家に仕えた騎士家として。 いや、幼馴染として言わせてもらう」
「な、なんだ、急に」
「エルフ殿の言い分が全て正しいとは言わん。 だが、お前が小心者だというのは同意する」
「うぐぅ」
「家族や身内のためというのは建前だ。 結局、お前は我が身がかわいいだけで、強く非難することも、切り捨てることも出来なかった。 見て見ぬ振りをした」
「そ、それは!」
「お前が頼りない男だってことは昔から分かってる。 だから、もっと俺たちを頼れ。 隣家のならず者たちはワシらがなんとかする」
「これ以上、お前たちをこき使えというのか」
「アッハッハ。 お前は本当に心根の優しいヤツだな。 お前はただ命じろ。 これは俺たちの普通の仕事だ」
「今でも十分働いているじゃないか」
「いや、お前は俺たちを領兵と言いながら、領主家の問題を隠すことにしか使っていなかっただろうが」
「わ、わしにどうしろと」
「ふん。 今ならエルフ殿のせいにして変われると言ってるんだ。 領民が喜ぶ剣術大会を、また開催するために」
「それで良いのか?」
「それで良いのさ。 剣術を広めるためというのが、実にお前らしいじゃないか」
「実際にはエルフ殿に叱られないように、だが」
「ああ、お嬢様にも呆れられんようにな」
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