第三百二十四話・出会いのための別れ
ヨシローたちを無事に辺境伯領本邸に送り届け、モリヒトが戻って来た。
「ご苦労様」
『……』
モリヒトの目の前には、仲良くお菓子を食べる僕と暗殺者。
「あ、モリヒト。 紹介するよ、ジョンだ」
まだ若い黒髪の暗殺者は、年齢は自分でも分からないそうで、目立たない顔付きをしている。
そう。 名前と同じように凡庸で、どこにでもいそうな青年。
それも暗殺者の素質なのかも知れない。
「よろ、よろしく、お願い、します」
素の彼はあまり喋るのが得意ではない。
声も小さく、オドオドしていて情けないくらいだ。
モリヒトがため息を一つ吐いた。
『さようですか。 では会場を消しますので地上に出ましょう』
「分かった。 ジョン、片付けよう」
「りょ、了解」
僕に気安く話すジョンに、モリヒトがピリッとする。
僕たちは地上に出た。
夕闇が迫る会場には、すでに人影もない。
「綺麗に片付けてあるね。 もっと散らかってると思ってた」
『ヨシロー様が率先してゴミを拾ってくださいまして』
大会が終了した会場を見て、あまりのゴミの多さに呆れて拾い始めたらしい。
「へえ。 ヨシローがな」
『それを見た領兵たちが手伝い始め、最後には残っていた観客が皆で掃除に参加しておりましたよ』
それは嬉しいな。
モリヒトも助かったんじゃない?。
『ええ。 ゴミまで地中に埋めたくありませんから』
土魔法で作った建物は、また土に戻せばいいのだが、そこに魔力を帯びたゴミや異物が混ざるのは困る。
自然の魔力が揺らぎ、魔素溜まりが出来る原因になってしまう。
だから僕たちは野営用に作った小屋を潰す時も掃除は欠かさない。
今回は広い闘技場や観客席も掃除の必要がなさそうだ。
『では、大地に還します』
造る時はかなり時間が掛かっていたが、消すのはあっという間だった。
闘技場はすっかり土に戻り、僕たちは暗闇の中、ポツンと荒れ地に立っている。
街の上空は明るく、人々の声はいつまでも賑やかに響く。
ジョンは、そんな街をぼんやりと眺めていた。
「さて、僕たちも行こうか」
「うん」
ジョンが頷く。
「モリヒト頼む。 あ、ジョン。 忘れ物はない?。 必要なら一度、館に戻ってー」
ジョンは首を横に振る。
「いら、ない」
彼は分かっている。
今、戻ったら間違いなく捕まるし、解雇を言い渡されるのだろう。
そして存在を消される可能性が高い。
彼なら返り討ちにするだろうが、もうあの顔は見たくないと言う。
「見たら、殺したく、なる」
それはダメだな。
「でも、長年貯めたお金とか、普段使ってた愛着のあるものとかないの?」
「金、は全部、武器にした。 アタト、とった」
あ?。
危ないから外した暗器や装備か。
「これ?」
ナイフや危なそうな薬とか、取り出して見せる。
ジョンはウンウンと頷く。
これが全財産?。
無いと気付いた時、絶望した顔だったのはそのせいか。
「盗ったわけじゃない。 預かってるだけだからな」
まだ渡せない。
ここはまだ彼が復讐したい相手がいる街の中だから。
「辺境地に行ったら返すよ」
「……うん」
なんだか可愛いな。
素直なジョンと一緒に辺境伯領都の本邸の庭に飛んだ。
「アタト様、お帰りなさい!」
ガビー、待っててくれたのは嬉しいけど、まだお帰りではないと思うぞ。
「ようこそ、アタト様」
昨夜のうちに辺境伯夫人から許可は頂いている。
館の使用人は自由に使ってくれという内容の紙をもらい、今朝、家令に渡した。
「主人夫妻が不在のため特別な歓迎は出来ませんが、夕食とお部屋は準備が出来ております」
辺境伯邸は働いている使用人たちも大柄で筋肉質だが、脳筋ではない。
動ける脳筋は実に優秀な方々である。
「ありがとうございます。 明日の朝には辺境地に立ちますので一晩お世話になります」
「承知いたしましまた。 ではご案内いたします」
礼を取った家令がピクリと動きを止める。
「そちらの方は?」
あー、やっぱり警戒させたか。
警備を担当する者にしたら、気配がないのは逆に怖いんだよ。
「僕の友人のジョンです。 よろしくお願いします」
僕が頭を下げたので、家令はそれ以上何も言えずに頷いた。
辺境伯邸の客間に通され、ジョンは僕と同室にしてもらった。
「先に風呂に入りたい」
モリヒトに頼む。
『準備いたします』
モリヒトが辺境伯邸の使用人に、風呂を使って良いかの確認をしてくれる。
「ついでにジョンの服や肌着も頼む」
『……分かりました』
やはりモリヒトは、あまり機嫌が良くない。
気配を読むジョンが居心地悪そうにしていた。
僕はヨシローを呼び出す。
「ヨシローさん、お願いがあるんですが」
「ん?。 アタトくんからのお願いなら何でも!」
相変わらず調子がいい。
ジョンを友人だと紹介した。
「彼にお風呂に入ってもらいたいんですが、たぶん、お湯に浸かったことがないと思うんです」
ジョンって、あんまり綺麗じゃないんだよ。
僕だと体が小さいから彼を上手く誘導出来ないし、エルフとは違う場合も考慮した。
「分かった。 じゃ、アタトくんの部屋でいいよな」
何故か、僕の部屋の風呂が一番広い。
「ジョンくん。 ジョンでいいか。 ジョン」
さっそくヨシローが話し掛けている。
「はい」
「うーん、なんか犬を呼んでるっぽいなあ」
あー、それは思ったけど、僕じゃなくて本人が付けたからさ。
「だい、じょぶです」
本人が気にしてないから、まあいいか。
夕食までにヨシローがジョンを洗ってくれた。
夕食は食堂に集まる。
ジョンは、誰でも友達のヨシローの隣に座らせておく。
僕の友人だと紹介したが、皆、すんなり受け入れてくれた。
「アタトくんって王都でも幼い兄妹を拾って来たじゃん。 湖の町じゃ、宿屋一軒丸ごと持って来たし。 今さら驚かないよ」
そ、そうなのか。
食事は普通だったが、懐かしい故郷の味のような気がした。
スーもゆっくり味わいながら言う。
「なんとなく空気が違う気がするわね」
魔獣の森に近いから、王都や他の領地に比べたら魔素が濃いのかもな。
さて、夕食後は僕の部屋に集まり、お茶を飲みつつ明日からの打ち合わせをすることにした。




