第三百十五話・悪意の手紙はいらない
やれやれ、やっと落ち着いたと思っていたら。
いきなり、
「アタト!、何やってんの」
と、スーがやって来た。
「なんですか?。 僕は何もしてませんけど」
チッ、地獄耳かよ。
スーは部屋に入るなりツカツカと近寄って来た。
大会までは事件を知られるわけにはいかない。
出場する領兵に動揺する者が出ると困るからだ。
「アンタが屋根から煙と一緒に出て来たのを、この目で見たんだから!」
煙じゃなくて湯気な。 そこを見られちゃったかー。
「なんか魔法でも使ったんでしょ、危ないじゃない!」
「モリヒトがあんまり煩いから、なんとか逃げようとしたけど見つかって連れ戻されただけだよー」
子供っぽく膨れてみせる。
スーは、お茶会が突然中止になったので庭を散歩していたらしい。
僕の部屋の方から煙が見えたので、火事かも知れないと焦って駆け付けた。
そしたら、たまたま僕が天窓から出て来たのが見えたそうだ。
その後、ずっと周辺で火事がなかったか訊き回っていたが、何も出なかったので直接やって来たそうで。
「まったくー、呆れたやつね」
スーは大袈裟にため息を吐いた。
他に目撃情報もなく、事件については知らないようだな。
僕の取り越し苦労だったようで助かった。
見たのが使用人なら大旦那から口止めされるだろう。
「心配させてすまない。 ありがとう」
スーは体型は子供だが、面倒見の良い姉のようだ。
「あ、あたしはただ暇だったから」
耳まで真っ赤になって照れてる。
「ちゃんと首飾りは家令さんに渡したわ」
それを伝えに来たのか。
「そうか、助かったよ」
夕食を誘われたが、今日は疲れたのでひとりで食べる予定だ。
「分かったわ、また明日ね」
スーはおとなしく部屋に戻って行った。
夕食後、手紙の処理を続ける。
ザッと差出人に目を通しただけだが、この量は絶対溜め込んでたな、モリヒト。
「かなり以前の手紙もあったような気がしたが?」
『そうですね。 ついでに処理出来て良かったじゃないですか』
やっぱりか。
こいつ、嘘は吐けないのに、まだ黙ってることはありそうだな。
『明らかに内容が無いものや、緊急でないものは省いて溜めていただけです。 今ならお時間がありますから害のないものをお出ししました』
ん?。
「害のあるものもあるの?」
モリヒトの片眉がピクリと上がる。
『お見せする必要はございませんので処分済です』
焼却処分したらしい。
「誰から来たとか気になるんだが」
しばらく考えていたが、モリヒトは無表情で答えた。
『アタト様が人里でご商売をしたり、ドワーフたちと交流していることをどこかで知ったのでしょう』
あー、まあ、手広くやってる自覚はある。
色々と辺境の町を騒がせて、今回は王都まで足を運ぶことになったし。
手紙の宛先に名前はなくても、辺境の町のエルフの子供といえば僕のところに届くのだろう。
『エルフの森の村長からもです』
「え」
村長が、なんで?。
モリヒトによると、村からは今までにも何度か手紙や精霊を使った言伝は来ていたそうだ。
ドクンドクンと心臓が早くなる。
「なんて言ってたの?」
いろんな感情が体内を駆け回る。
『……確認はいたしましたが、どれも取るに足らない内容ですので』
モリヒトは僕には教えたくないようで、のらりくらりと言葉を濁す。
「大丈夫だよ。 知ってるだろ?、僕は子供じゃない」
中身は老人だ。
「教えてくれないか」
モリヒトはため息を吐いた。
『おそらく、アタト様が想像されている通りです』
最初は「目障りだから早く森から出ろ」と。
エルフの森で病が流行った頃かな。
「長老から連絡はないか?」と、自分たちが困っていると訴えてきたこともある。
予想通り「病はお前の呪いだろう」「お前が死ねばすぐに収まる」だの、好き勝手言ってたそうだ。
『最近は「人族に取り入っている裏切り者」だと』
僕はギリッと唇を噛む。
7歳で村を追い出され、ひとりで生きていかなければならなかった。
中身が転生した老人でなかったらアタトはどうなっていたか。
なんとしても生き残り、村の皆にザマアミロと言うために生きてきた気がする。
だけど今は、村のことなんてどうでもよくなった。
仲間がいて、友達が出来て。 商売もなんとかなりそうだ。
これからアタトが生きていく道がようやく見えた気がしている。
なのに、苦しい。
「長老のことは心配だけど、村とは完全に縁は切れたと思っていたのに」
怒りが腹の奥でドス黒く固まっていく。
『アタト様は何もしなくて良いのです。 全て私が片付けておきますので』
冷たい上位精霊の声が頼もしい。
「うん、任せる」
僕は怒りのあまり溢れた涙を拭った。
翌日の午後。
領兵隊副長が訪ねてきた。
「いらっしゃい。 会うのは久しぶりですね」
毎日のように手紙というか、書簡を送り合っている。
「すみません。 どうしても直接ご相談したいことがありまして」
モリヒトが僕には薬草茶を、副長にはコーヒーを淹れる。
「お部屋、替わられたんですね」
向かい合わせにソファに座ると副長は部屋を見回す。
昨日の騒動のせいで部屋を替えてもらった。
犯人たちに部屋を知られているのは気分が悪いと、大旦那に頼んだのだ。
表向きは僕がモリヒトと喧嘩をして、ひとりで部屋に籠っていることになっている。
その部屋には老侍女が待機していて、僕がいるように振る舞ってもらい、モリヒトの分身が指示していた。
僕が今居る場所は、地下牢に一番近い部屋だ。
使用人部屋だが4人用を1人で使っている。
家具等はモリヒトが入れ替えたので、館の使用人たちもほぼ気付いていない。
そこをどうして副長は気付いたのか。
「私はこれでも魔法を使いますので」
ただの脳筋ではなかったらしい。
眼鏡の副長は領主家の代々護衛を務める家柄に生まれた。
「私は体力系の才能に恵まれませんでしたので、文官になるため王都の学校へ行かされました」
そちらの才能があったらしく魔法を基礎から学んだそうだ。
「以前、館に来た時と明らかに違う結界がこの場所にありましたので」
それで分かるのか。
優秀だね。




