第三百十二話・ドワーフの行商人の不安
大会まであと4日の朝。
僕は室内で軽くラジオ体操をする。
これもしっかりやると汗をかき、良い運動にはなるんだが。
『適当にしてくださいね』
モリヒトからストップが掛かる。
ハイハイ、テキトーにします。
朝食を取っていると、恐る恐る扉を叩く音がした。
あの叩き方は。
「ガビーたちか」
モリヒトが扉を開けてガビーとクンを招き入れる。
「やあ、ガビー、クン。 久しぶり」
3日ぶりくらいだけど。
「アタト様!」「アタトさん、元気そうですね」
「うん。 まだ外には出してもらえないけどな」
朝食がまだらしいので一緒に食べることにした。
普通に食べているだけなんだが、やけにガビーの視線がイタイ。
なんで?。
「どうした、ガビー。 そんなにジロジロ見なくても僕は魔物が擬態してるわけじゃないぞ」
ハッとした顔になり、何故か慌て出す。
「い、いえ、そんなことは思ってません!。 ただ、アタト様が倒れたと聞いてもなんだか実感がなくて」
ふむ。 僕は神でも超人でもないから病気にもなるし、死にもする。
「えっ!、それは嫌です」
「僕も嫌だよ?」
クンが「ギャハハ」と笑い出した。
「アハッ、もうガビーの姉貴が仕事放り出してまで館に戻るって言い出した時は驚いたけど」
クンは腹を抱えて笑いながら、目元の涙を拭う。
「本当にアタトさんが大事なんですね」
クンは、僕が倒れたと聞いたガビーがどれだけ狼狽えていたかを暴露する。
なんとなく、それは想像出来るわ。
「すまん、心配掛けた」
ガビーに謝る。
「あわわ、やめてください、アタト様!」
クンがまた笑い出す。
『もう十分、アタト様の無事を確認されましたね。 それではお帰りください』
「え、あのっ」
食後のお茶もそこそこに、二人のドワーフはモリヒトによって部屋を追い出されそうになる。
騒ぐからだよ、まったく。
「モリヒト、話くらい聞いてあげようよ」
僕は今日も1日おとなしくしていることを条件にモリヒトの了解をとった。
「ガビー、銅板栞のほうは順調?」
「はい!。 ロタさんとヨシローさんが毎日注文を取って来てくれて」
そうか、良かった。
「良くないっすよ、アタトさん。 毎日って言っても1枚とか2枚とかだし」
ロタ氏とヨシローは食堂や酒場で、他の客に見本を見せながら話を広めているようだ。
本格的な取り引きというより、今はまだ話題作りである。
「そりゃ、ガビーが作る作業に合わせてるんだろ?」
ガビーの制作は繊細である。
自分の工房でもないし、慣れない工具を使うのだから捗りはしないさ。
「でも、結構な高値で買い手がいるんだから、今なら稼げるのにー」
クンの言い分も分かるが、需要と供給のバランスは大切だ。
ロタ氏から習っていないのか?。
「僕はガビーの作品は売れるから作ってほしいとは思わない。 良い作品だから売りたいんだ」
価値があるものだと分かってくれる人に認めてもらえることが嬉しい。
「そんなもんなの?」
クンは眉を寄せた顔で「分からない」と呟く。
「いいんだよ、売れなくても。 だけど価値があると思えば強気で売る。 それが僕のやり方だ」
行商人を目指すクンと、商店主という立場の僕では価値観が違う。
僕は自分が扱う商品を生み出すガビーは大切にしたいんだ。
「わ、私も、自信がないと売りたくないというか、売れても嬉しくないです」
ガビーの職人らしい言葉に頷く。
僕は首を傾げるクンに訊ねる。
「それなら、クンはどうしたらたくさん売れると思う?」
たくさん売るには、まず売り物を増やさないといけないが、ガビーには限界がある。
「今なら見習いのおねえさんがいます!」
クンが勢い良く立ち上がる。
うん、そうだね。
「でも、売れるような品物が作れるの?」
「あー、うーん、それはちょっと分かんないです」
ストンと座って考え込んだ。
そこへロタ氏とスーがやって来た。
「何やっとる、大声で」
廊下にまで聞こえたらしい。
クンはロタ氏にゴンッとゲンコツを落とされる。
「アイタッ」
ドワーフは丈夫なので、あまり痛そうではない。
モリヒトがロタ氏にお茶を淹れる。
「アタト様にこれを」
ロタ氏が茶葉の袋をモリヒトに渡した。
『これは、アタト様の薬草茶。 よく手に入りましたね』
「偶然、薬を主に扱ってる行商人仲間に会ってな。 聞いたら持ってたんで買い取った」
『ありがとうございます』
モリヒトが珍しく感謝の礼を取る。
「あー、そっか。 薬草茶、全部上げちゃったんでしたね」
クンの言葉に頷く。
アリーヤさんの実家の食料品店でお世話になった時に、忙しく働く店員さんたち用に渡したのだ。
「あれはアタト様用の薬だろう。 日頃は必要なくても体調が悪い時はあったほうが良いかと思ってな」
確かにあの薬草茶は滋養用だ。
僕がエルフの森で倒れていたから、長老が丈夫な体になるようにと作ってくれたもの。
嗅ぎ慣れた香りがする。
『アタト様、どうぞ』
久しぶりに特製の薬草茶を頂く。
市販用は僕用の薬草茶を何倍かに薄めたものなので、モリヒトはきちんと元の濃さにしてくれた。
「ありがとう、いただきます」
ホッとする味だ。
それから僕はロタ氏に状況を確認する。
「銅板栞のほうは順調だ。 数量を限定にしているし、ガビーの図案も評判は良い」
いずれは辺境地の町と、この領地との間で交易品として取り引き出来るだろう。
「ただ、あまり量産出来ないのは悔しいがな」
ロタ氏も商売人である。 クンと同じように商機は逃したくないようだ。
「では、見習いの女性を使って簡単なものを作成したらどうでしょう」
「簡単な?。 簡易版ということか」
僕は頷く。
「銅板だけなら他の工房に作ってもらって量産できると思うので、それを買い取ります」
銅板栞の型を作ってもらう。
「ガビーの作ったものには及ばないとは思いますが、簡単な図柄を一つ一つ作るのではなく原型を作るのはどうでしょうか」
「元を作ってそれを銅板の型に嵌めて量産するわけか」
僕とロタ氏の会話にクンが目を丸くする。
銅板栞の簡易版。
「やってみるか。 おい、クン、ガビー、行くぞ」
行っちゃったよ。




