第三百八話・大会の規約作りをする
それからの僕は会場の打ち合わせや、大会の規定作りに忙しくなる。
大会出場者の制限をまず決めなければならない。
そのため、すぐに大旦那に手紙で確認後、領兵隊の詰め所に顔を出した。
「あまり日もありませんから、今回はこちらから出場者を指定するという形にしたいのですが」
眼鏡の副長はフムと頷く。
「アタト様が考えられた企画ですから、そこは誰も文句は言わないと思いますよ」
ただ、選ぶのは大変だ。
「ですから、推薦制にしようかと」
この街の有力者から剣術に優れた者を推薦してもらう。
「一つの家から一人の推薦枠を設けて、人種や年齢の制限はなし」
身内や雇っている護衛に一人くらいは強いのがいるんじゃないか。
「 ただし、魔法は無力化させて頂きます」
会場自体に魔法無効化の結界を付与すれば良い。
純粋に剣術の腕で戦ってもらう。
「魔道具も無効ということですね。 才能はどうされますか?」
騎士のほとんどがなんらかの肉体的な強化系、もしくは武術に関する才能を持っている。
はっきりいえば、そういった才能持ちが騎士になるのだ。
これを規制することは難しい。
「それは騎士の個性ということで不問にしましょう。 あまり規制しては観るほうがつまらなくなります」
騎士同士なら、お互いに承知しているだろうし、対処方法を考えるのも対戦の醍醐味の一つ。
体格や経験を覆す要素があったほうがハラハラドキドキで楽しめると思う。
もちろん、死者なんて出す気はないぞ。
「それと金の問題ですが」
僕の言葉に副長は顔を顰めた。
「賭け事にするのは賛成出来かねます」
ふふっ、真面目な青年だな。
「しかし、優勝者には褒賞が必要です」
大旦那からの褒賞はあっちで考えてもらうことにして、大会の宣伝として目玉は欲しい。
「出場する者を推薦する家から一律出資をお願いして、それを優勝者の賞金にします」
ある程度の金がなければ出場者を送り出せないため、出場者を絞り易い。
飛び入り参加も難しいしね。
「なるほど。 出場したい者に推薦の条件として、優勝したら賞金の何割かを搾取可能と。 では、金額はこれくらいで如何でしょうか」
おー、副長、エグい。
でもまあ、優勝しなければ無意味だからな。
「良いと思います。 それで有力な家に募集を掛けてください」
貴族限定ではないので、商売等で家名が売れれば良いという富豪も一定数存在する。
「承知いたしました」
さて、大会まで後7日。 どれだけ集まるか。
館に戻るとすでに午後の遅い時間になっていた。
細々とした打ち合わせが長引いてしまったからな。
「お茶会はもう終わってるか」
お嬢様の教育に関してはスーに任せている。
お茶を飲みながらの世間話の間、お嬢様の姿や動きを確認し、直すように指示していく。
スーは貴族でも、人族でもない。
だけど彼女は美しいもの、可愛いものが人一倍大好きで、自分の作品に取り込める何かを常に探している。
旅の間にも辺境伯夫人やクロレンシア嬢、王都で出会った都会の女性たち。
着飾った彼女たちの立ち居振る舞いをスーは良く観察していた。
そして、その目はとても厳しく、指摘されたケイトリン嬢が落ち込むほどだった。
「元々口が悪いのも原因の一つか」
まあ、赤毛のお嬢様なら大丈夫だと思う。 たぶん。
今日は街の宝石商が来ていたはず。
ドワーフ職人のお眼鏡に適うものがあったかな。
部屋でモリヒトが夕食準備中。
僕は副長と決めたことを書いた紙を、ヨシローに渡してほしいと家令さんに頼んだ。
他に、文字だけのチラシと、ポスターのような絵入りの広告を領主家お抱えの絵師に制作を依頼する。
日程が厳しいので、大旦那には代金を弾んでもらい、とにかく早くとお願いした。
ヨシローたちは昼と夜はロタ氏と外で食べるので、帰って来るのは寝る時間になってからである。
大会の噂を広める活動をしているからだ。
その下支えとして、ガビーが作る銅板栞の販売を許可した。
ガビーは今頃、ドワーフ街の工房でがんばっているだろう。
明日にでも差し入れを届けさせるか。
夕食を食べているとスーが訪ねて来た。
「アタト。 宝飾品の件だけど」
「あー、宝石商が持って来た中に気に入ったものがあったか?」
僕は食事を終わらせて、スーと二人でお茶にする。
「今回は細工や彫金をする時間がないから、予め完成している物を持って来てもらったわ」
スーはスケッチブックのような紙束を取り出す。
今日見せてもらったという、宝飾品の絵だ。
ガビーの繊細な絵を見慣れてる僕にすればスーのは下手くそだが解説付き。
どういう意味のデザインか分かりやすい。
「サイズを直す暇はないから指輪や腕輪はいらん。 首飾りか胸飾り、髪留めもいいかな。 スーはどれが良かった?」
「あたしも首飾りがいいと思うわ」
剣術大会は次期領主候補であるお嬢様のお披露目も兼ねている。
首飾りといっても、胸の辺りまで垂れ下がる宝石を付けるペンダントではなく、チョーカーという首周りに沿わせる形。
「お嬢様の髪の色である大粒の赤い石。 周囲を透明な石で囲んであるの。 これ、キラキラして目立つと思うわ」
短めの銀の鎖を何重にも重ねて、まるで王族のような贅沢な品だ。
「いいね。 これにしよう」
僕は頷く。
「明日、もう一度これを持って来てもらうわ。 それをアタトに渡せばいいのね?」
「ああ、頼む」
宝石に防御の魔法を仕込む予定だ。
「分かったわ。 じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
部屋を出て行くスーを、片手を上げて見送る。
『お疲れ様でした』
モリヒトがカップを片付けるのをぼんやりと眺める。
『どうかされましたか?』
「うーん、何だか頭がぼうっとする」
気が張っている間は感じなかったが、なんとなく体が怠い。
モリヒトが近寄ってきて、体に触れた。
冷たくて気持ちいい。
『アタト様、発熱しております。 すぐに横になってください』
どうやら考えることが多過ぎて知恵熱が出たようだ。
「明日は1日休みにしよう」
『はい。 皆さんにはそのようにお伝えいたします』
後は任せた。 おやすみ。




