第三十話・魔法の修行をする
岬の塔に戻り、また魔法の修行が始まる。
それに加えて文字の練習もすることになったので、僕は毎日忙しい。
朝は暗いうちから起き出し、一夜干しにした魚を取り込む。
干し魚や燻製肉の出来を確かめながら朝食を取り、天気が良ければ釣りか狩りに行く。
何故か、タヌ子を連れていると大型魔獣に出くわす確率が高いことが分かった。
可愛いタヌ子を囮にするようで申し訳ないが、絶対に守るからな!。
キュッ
ありがとう、タヌ子。 ぎゅううう。
それにしても、最近、何だか身体が軽い。
「よっ、はっ、とっ」
釣りをするために崖を降りる時、最初はあんなにモタモタしていたのが嘘みたいに飛び降りる。
「モリヒト、僕に何か魔法でも掛けたのか?」
『何のことでしょう?』
「だって、村ではあんなに鈍臭いって笑われてたのに、ここでは普通に動けてるからさ。
ハッ、もしかしたら普通のエルフはもっと動けるのか!」
比較する相手がいないから分からないけど。
『いえいえ、アタト様の修行の成果だと思います』
モリヒトは優しく微笑んで嬉しいことを言ってくれる。
『エルフの森の中では、子供たちはまず木に登り、弓を扱うことを習います』
うんうん。 僕は苦手だったがな。
『ここでは、防御と逃げることを優先して覚えて頂いております』
そういえば、魔獣が来たらまず防御魔法を強化して、隠れたり逃げたりしている。
平原を逃げ回るから木には登らないし、走り回って隠れ易い場所を探し、岩や木陰に素早く身を隠す。
動けなければタヌ子が襲われるんだから必死だ。
『アタト様には、こちらの修行のほうが合っていたのでしょう』
それはそれでエルフの子供としてはどうなんだ、とは思うがな。
午後の早い時間には塔に戻って魚を捌き、干し物にする。
魔獣の解体をモリヒトに任せているのは、僕の手がまだ小さくてうまく処理しきれないからだ。
干し魚用の魚なら何とかなるのに。
くそっ!。
体が大きくなったら魔獣もガンガン捌いてやるからな。
『アタト様、新しい武器はいかがですか?』
「うん、調子いいよ」
モリヒトがガビーに作らせた僕専用の武器。
何故か小振りのナイフである。
モリヒトが弓の代わりにナイフを投げることを思いついた。
『矢を弓につがえる必要がなく、そのまま切り付けることも出来ます』
僕は魔魚を釣り上げ、ナイフでトドメを刺す。
「なるほど。 弓矢が無くても戦えるな」
普通のエルフは遠距離攻撃を得意とする。
大人のエルフが森の中でも楽々矢を放てるのは眷属精霊が補助しているから、らしい。
『玉の姿をした精霊自身は強力な魔法は使えませんが、主人の技量を補佐することが得意なのです』
そっか。
弓矢と玉の精霊は相性が良いということだ、
モリヒトがいる僕には必要ない。
空模様が怪しい日は、森に薬草を探しに行く。
ヨシローに頼まれたエルフ茶とかいうものを作る材料である。
とにかく、見覚えのある野草を摘んで持ち帰り、確認していく。
乾燥させた上で何種類かを混ぜて味をみる。
毒だったとしてもモリヒトがいるから大丈夫。
うまく長老が作ってくれた味になるといいな。
あれは結構美味しかった。
うげぇ、まずっ……。
材料を聞いておけば良かったと今頃になって後悔している。
薬草探しが天気に左右されるのは、もちろん他のエルフに会わないようにしているからだ。
あいつら、雨降りとか嫌いなんだよ。
まあ、こんな森の端までは来ないとは思うが、違う村のエルフにでも見られたら僕の話が伝わるかも知れない。
だから極力、天気が悪い日を選び、気配察知を限界まで張り巡らせて行動している。
だって、今さらアイツらとは関わりたくない。 絶対に。
お蔭で気配察知はかなり上達した。
モリヒトのような姿を消す結界や気配遮断も早く覚えたいところだ。
『命令だけで結構ですよ?』
「見つかりそうになったら頼むよ」
モリヒトは、僕に魔法を教えるより精霊魔法を使うことを勧めてくる。
ああ、そのほうが楽だろうさ。
でも僕が自分を許せないんだ、悪いけど教えて欲しい。
「アタト様、出来ました!」
超器用なドワーフ娘のガビーは、僕が人間の町から持ち帰ったものを参考にして色々作ってくれる。
鍋や食器の金物をはじめ、買ってきた布で服や下着まで作ってくれた。
「おー、ありがとな」
買い込んだ小麦粉でガビーがパンを焼いてくれるのは本当にありがたいけど、僕は元いた世界では米中心の食事だった。
慣れている者は毎日パンでも良いかも知れないが、僕は何となく物足りない。
だから、この世界のどこかに米が存在することをまだ期待している。
今のところヨシローは手に入れていないみたいだから、この領地には無いんだろう。
そういえばティモシーさんはご両親が食料品店をやってると言ってたな。
いつか米を入手出来ないか訊いてみたい。
だけど、あの町の食堂には麺類もあるそうだ。
次回行く時は、ガビーを連れて行って食べさせ、作れるか訊いてみたい。
せめて、うどんか蕎麦、なんて期待してはいけないかな。
先日の祭りの日に買ってきたノートもガビーが無事に再現してくれた。
これを使って借りて来た本を書き写す。
古臭い人間で悪かったな、書いたほうが覚えるんだよ。
毎日、夕食後にヨシローにもらった酒をチビチビと舐めながら少しずつ進めている。
この酒は確かに美味い。 チビチビ。
「なあ、ガビー。 これはなんていう字?」
「ごめんなさい、私も分かりません」
ドワーフも言語はエルフに近かった。
それでも、一週間ほど読み続けていると何となく分かるようにはなる。
「数字の表記が同じなのは助かりますね」
ガビーがホッとした顔で一緒に本を読む。
モリヒトは全く興味がなさそう、というか、どんな文字でも見るだけで言葉として頭に入る魔法があるらしい。
ナニソレ、ズルい。
僕がふくれっ面したところで、まだモリヒトの魔法が使えるわけじゃない。
いや、命令すれば良いのは分かってるけどさ。
「わ、私も一緒にがんばりますから」
ガビーは本当に良い子だよなあ。




