第二百九十九話・最強のお持て成しを
頭がどうにかなりそうだから、その話は一旦置いておこう。
まずは先に僕の考えたことを聞いてくれ。
「今、日程の調整中だが、剣術の大会を計画している」
「えっ、どういうこと?」
スーが顔を顰める。
僕は今日の午前に館の図書室で、赤毛の少女とティモシーさんを交えて色々と話した。
その中で分かったことがある。
少女はまだこの環境に慣れていないということだ。
「あのお嬢様は、この領地に来てまだ日が浅い。 だから、まず街の住民たちに顔を覚えてもらえるようにしたいのです」
「それと剣術大会、どう関係があるの?」
良いところに気が付いたね、クン君。
「彼女の歓迎会を領兵隊の施設を使って大々的にやるのさ」
「それが『剣術大会』ですか。 確かに喜びそうですね」
ガビーが微笑む。
気に入ってくれるさ。 彼女自身も、領主の脳筋爺さんもな。
彼女から大旦那に話をしてもらい、今は一緒に領兵隊詰所に日程の調整に行っている。
僕たちの滞在期間にも影響するから、早めにと頼んでおいた。
参加者はいくらでも集められるが場所は押さえておきたいからな。
「ティモシーも出掛けてるのは、教会警備隊にも協力してもらう予定だから?」
「はい、その通りです」
僕はヨシローに頷く。
「参加は誰でも、というわけにはいきませんので、ある程度の基準が必要になります。
ですが、領兵ばかりが運営に関わると平民から不正を疑われますからね」
今のところ、内容までは決めていない。
決まっているのは。
「まず、大会の主催は領主様であり、次期領主候補のお披露目が目的だということ」
彼女が次期領主だと広まれば、誰でも勝手に縁談など持ち込めない。
釣り合う相手でないと貴族管理部から調査が入るからだ。
まあ、ヨシローたちのように認められれば問題ない。
あの元貴族親子は、赤毛の少女をただの親戚の子供だと思っていた。
「その時は、わたくしもお嬢様が領主候補だと知りませんでしたから」
王都から来た侍女は、この領地の現状を知らなかった。
貴族家の醜聞だから他家の使用人が知らなくても仕方ない。
その侍女からの話を使用人から聞いた中位貴族は、王都から来た、ただの行儀見習いの娘だと思い込んだ。
高齢の領主も、孫のような娘から頼まれたら嫌とは言わないと勝手に信じる。
そんな訳ないのに。
自分では何の努力もせず、相手から恩恵を受けることばかりを夢想する愚かな者たち。
だから破綻したのを忘れたのかね。
「細かいことはこれからになるが、その大会までにクンとガビーは訓練だ」
「へっ」「私もですか?」
二人ともびっくりして目が点になる。
「それからスー」
「あたしは嫌よ、訓練なんて」
逃げ腰になるスーに首を横に振る。
お前に戦闘なんて求めてない。
「スーは王都で辺境地夫人やケイトリン嬢の立ち居振る舞いを見てただろ?。 あれを彼女に叩き込んでくれ」
「へっ?。 それは構わないわ。 確かにあまり高位貴族の令嬢らしくなかったもの」
「うむ」と、僕は頷く。
侍女の女性も心当たりがあり過ぎてウンウンと頷いている。
いやいや、アンタも手伝うんだよ。
「ヨシローさんには、ロタ氏と一緒に酒場や市場に出掛けて噂を広めてほしい」
辺境地から来た商人として商売をしつつ、情報を収集し、剣術大会の噂を広める。
商人の腕の見せ所だ。
「それは構わないけど、売り物がないよ。 ずっと王都だったから辺境地の物は手元に無いんだよな」
ドワーフたちなら材料は地下街で手に入るが、ヨシローは『異世界人』だし、勝手に物を作ることが出来ない。
それに辺境地の商人としては、売り物は地元でしか手に入らないものが望ましいのである。
他領の商売人たちが食い付くようなものが。
まあいい。 それはまた考える。
とりあえず、ヨシローにはロタ氏が戻り次第、二人で作戦を練ってもらうことにした。
その夜、ロタ氏がひとりで戻って来た。
「あの見習いの女性は、この土地のドワーフに預けて来た」
職人見習いの女性ドワーフは、僕たちがしばらくここに滞在しそうだと聞いて他所での修行を申し出たそうだ。
ああ、湖の町でも散々待たせてしまったからなあ。
修行中の職人にすれば腕が鈍ることが心配なのだろう。
「申し訳ありません。 なんなら先に出発してもらってもいいんですけど」
本来、ドワーフたちは僕と同行する必要はない。
この世界のドワーフたちは、あちこちに地下道を作っていて、行商人はそこを移動しているからだ。
ただし、地下も色々と制約があり、真っ直ぐに作られてはいない。
硬かったり柔らか過ぎたりする地盤、魔物が棲む地域などは避けている。
しかも徒歩のため時間が掛かるし、地上と同じで危険に変わりはない。
だから、この世界のドワーフたちはあまり長距離を移動しないし、その必要があるのは行商人くらいだ。
「おれは構わん。 今回の旅は荷馬車を借りられる上に護衛付きで、辺境伯御用達の宿や食堂を利用出来る。 気楽だ」
まあ、思いがけず寄り道が多くて困ってはいる。
「しかもアタト様といると珍しいもんが見られるからな」
ロタ氏は「それが楽しい」と笑う。
「それじゃ、明日からヨシローと動くか」
ロタ氏は「おやすみ」と部屋に戻って行った。
僕は、この旅で「楽しい」と思ったことはあったかな。
巻き込まれたというか、仕方なく腰を上げただけだ。
まず「この世界に連れて来られたこと」が、最初の面倒事で、その後も色々とあった。
辛かったり、胸が痛かったりしたことは覚えているけど、今まで「楽しいから」やり始めたことってあっただろうか。
釣りや訓練だって、この世界で生きるために必要だから始めた。
確かに達成感や満足感はあるけど、自分から興味があって始めたことじゃない。
「魔法くらいかなあ」
元の世界に無かったものには、興味はある。
このダークエルフの子供の体には魔力がたっぷりあるらしいし。
「そうか。 僕は『アタトが楽しいと思うこと』をもっと探してやらないといけないんだったな」
ごめんな、『アタト』
小さな手を眺めながら呟いた。




