第二百九十五話・調査対象の身辺について
昼食後、僕たちは老夫婦と一緒に領兵の詰所へ向かうため待機している。
領兵の隊員が館に呼び出されてやって来た。
「領主様、お呼びでしょうか」
眼鏡を掛けた三十代くらいの青年である。
「忙しいところ、すまんな。 こちらはしばらくこの領地に滞在される方々だ」
家令さんの代わりに彼が案内してくれるそうだ。
「了解致しました」
「よろしくお願いします」
僕は上品な服装にした。
たぶん、どっかの下位貴族のボンボンにしか見えないだろう。
モリヒトは黒メガネでついて来る。
領主館から少し離れ、街の広場から一番人通りの多い外門へ向かう途中に領兵隊の建物があった。
丈夫な石塀に囲まれ、更にその塀の上には魔法柵。
敷地内にある建物には詰所と食堂、領兵隊員の住む宿舎が揃っている。
地上2階、地下1階かな。
ここには整列するための広場はあるが、それより広い訓練所が外門近くにあり、毎日そこへ訓練に出掛けているそうだ。
「私ら夫婦は辺境伯家に長く仕えておりましてな。 私はこの度、引退が決まりました領兵でございます」
「私は侍女をしておりましたの。 子供たちも孫も手を離れましたので、田舎で食堂でもやりたいと修行中ですのよ」
老夫婦は正直に事情を話し、短期の滞在期間中、宿舎に泊めてもらえることになった。
「いやあ、ありがたい。 よろしくお願いいたします」
老兵は青年の手を握り、ブンブンと上下に振る。
「いえ。 こちらこそ。 何かありましたら遠慮なく仰ってください」
青年は領兵隊の副長で、主に経理や人事を担当しているという。
しかし、長身に筋肉もしっかりしていて、剣ダコのある手も握手でしっかり確認出来た。
眼鏡を掛けているということは、それなりに裕福な家の出身、もしくは財力があるということだ。
「それで、そちらのご子息は見学ですか?」
チラチラと気になってはいたようだが、ようやくこちらに声を掛けて来た。
「あの坊ちゃんは辺境地の町にお住まいでしてな。 王都から辺境地に戻るなら一緒にと、辺境伯様に頼まれました次第です」
僕はきちんと礼を取る。
「はい。 こちらに立派な領兵隊があると伺いましたので、ぜひ見学させて頂きたいと領主様にお願いしました!」
身柄に関しては誤魔化す。
子供だから、まず怪しまれないとは思うけど。
「……そうですか。 領主様が許可されたのであれば結構です」
僕たちは詰所に入り、眼鏡の副長は老夫婦の職場への案内を他の隊員に任せる。
「見学の案内は必要ですか?」
副長は書類を片付けながら僕に訊いてくる。
「いいえ、不要です。 しかし」
僕は窓の外を見る。
「この領地に、こんなに立派な領兵隊が必要なんですか?」
副長は言葉に詰まった。
僕が知る限り、この国では領主が兵士を雇い、訓練する理由は二つ。
一つは自分や家族の護衛。
暗殺や盗賊、気の荒いヤツらの小競り合いはよくある話だ。
もう一つは魔獣対策。
辺境地は特に被害が多く、辺境伯や近くに魔獣の生息地がある領地では領兵隊を持っている。
「僕は辺境育ちなので魔獣は見慣れていますが、この辺りに危険な魔獣はいませんよね?」
魔獣とは、魔素が異常に溜まっていたり、長い間に蓄積したりした場所に獣などが迷い込んで魔獣化したもの。
高い山も深い森も無い、こんな土地では元々危険な獣自体が珍しい。
街自体が高い石垣に囲まれているし、旅の間にも魔素が溜まるような場所は見当たらなかった。
副長の頬が引き攣る。
「しばらく前に街中で魔獣被害があってね」
2年前、大旦那の息子夫婦が庭で遺体で見つかった。
領主館で魔獣が出たためとされているが証拠は無い。
実は人間の手に寄る襲撃を隠すために魔獣被害をでっち上げ、その噂を広めたのは、その後に領主となった孫だと言う。
現在は罪を償うためとして領兵隊にいる。
「ふうん。 街中に出るなんて、どんな魔獣だろう?。 とっても興味があります」
何も知らないことになっている僕は、ニコリと微笑んだ。
「お仕事中、お邪魔しました。 僕はこれで失礼します。 館の図書室で魔獣のことを調べたいので」
「誰かに送らせましょう」
副長は慌てて誰かを呼ぼうとした。
「いえ、護衛は要りません。 僕にはちゃんと専属の護衛が付いてますから」
と、モリヒトを見上げる。
副長が気配を消していたモリヒトに気付く。
「では」
クルリと背を向け、廊下に出た。
「モリヒト。 領主の孫の気配はある?」
『いえ、ございません』
真面目に訓練に出ているということか。
門を出て振り返る。
領主館ほどではないにしても、本当に立派な建物だ。
だからこそ、おかしい。
「国軍と張り合ってるわけじゃないよね?」
生の兵士を見ないと熟練度は分からないが、そこは元領兵のお爺さんが確認してくれるだろう。
領主館に向かって歩いていたら、声を掛けられた。
「アタトくん!」
ティモシーさんだ。
ちょうど教会からの出て来たところらしい。
教会は領主館のある通りの向かい側に建っている。
「領兵隊の建物を見て来ました」
「ああ、立派なもんだよなあ」
僕は頷く。
「でもあんなに大きな建物が必要なんでしょうか」
「うん。 聞いた話では、この街には現在自警団や衛兵隊という、自治警備隊が無いらしいよ」
マジか。
つまり、元の世界でいう『警察署』が無い。
「その全てを領兵隊に委託してるみたいだね」
巡回や逮捕、外門の管理や事件の捜査も領主の私兵がやっている、と。
「なんだか危うい気がしますけど」
あの善人の大旦那だから良いけど、領主がとんでもないヤツになったら、それは拙いんじゃないか?。
「教会でも危機感は持っているみたいだよ」
だから教会は子供を引き取らせ、領主の孫は警戒したのか。
疑心暗鬼の悪循環になってるよな。
僕たちは領主館に戻り、家令さんに報告する。
「ありがとうございます。 無事に泊まり込みで仕事をさせていただけることになりました」
家令さんも「良かったですね」と微笑む。
お茶会も無事に終わったらしい。
じゃあ、お茶会の報告を聞きに行くか。
僕はガビーの部屋に向かった。




