第二十九話・僕の欲しい物がある
祭りで賑わう町の中。
朝は広場の近くまで馬車で来られたが、当然、今は馬車での移動など出来ない。
ワルワさんの家は町の外れ、森の入り口にある。
結構な距離はあるが、モリヒトは本と一緒に姿を消し、僕はヨシローとティモシーさんに挟まれて歩く。
見栄えの良い騎士と領主の信頼厚い商人の青年。
二人とも独身。
あちこちから「キャー」という女性たちの黄色い声や、「旦那、良いもの入ってますよ」と商談の声が掛かる。
「何か気になるものでもあるかい?」
「屋台に寄ろうか?」
ふう、僕など気にしなくて良いのに、二人はひっきりなしに話しかけてくる。
フードを被った子供は悪目立ちするよな、絶対。
もう開き直るしかない。
「なら、ちょっと寄りたい所があります」
ヨシローとティモシーさんが同時に僕を見た。
「先日、紙を購入した文房具屋?。 道具屋でしたか?。 あそこに寄りたいんですけど良いでしょうか?」
勉強のために欲しい物がある。
「もちろん、構わないよ。 行こう、ティモシー」
「待て、ヨシロー。 確か、町には2店舗あったはずだ。 どっちが良いかな」
「あのー、文字を書き覚えるための紙とペンを買いたいんです」
すでに今日はワルワさんのお蔭で懐は暖かい。
出来るならノートみたいな物があれば尚良いのだが。
「なら、こっちだ」
三人で商店に向かって歩き出す。
ティモシーさんが案内してくれたのは、前回訪れた店より高級そうな店だった。
「いらっしゃいませ、どのような物をお探しでしょうか」
パリッとした服の店員がさっそく声を掛けてきた。
うぅ、僕の格好は場違いな気がする。
「金なら心配いらないよ。 足りなければ貸しにしておくから」
ティモシーさんがフード越しだけど、僕の耳にこそっと囁く。
ぎゃあー、やめてー。 エルフの耳は敏感なんだぞ!。
僕はティモシーさんから少し距離を置き、ヨシローを介して店員に希望を伝える。
高級な店らしく、ノートは存在した。
少し薄いが問題無い。
持ち帰ればガビーがこれを参考にして作ってくれる。
品物を揃えてもらっている間に、せっかくなので店内を見て回ることにした。
祭りの影響か、やはり店内は人が多い。
「ん?、あれはー」
絵画用の画材が並ぶ一画が目に付いた。
「上流階級の子女の嗜みとして絵画と音楽が推奨されているんだよ」
ティモシーさんの解説を聞きながら、僕はフラフラと近付いていく。
正直、絵の良し悪しなど分からない。
ただ、何故か絵筆に興味を惹かれた。
色絵の具も数は少ないが並んでいる。
「触っても良いですか?」
傍に立つ店員に訊ねたら頷かれた。
「へえ。 アタトくんはそういうのが好きなんだー」
ヨシローが声を掛けてくるが無視する。
説明書きはあるが読めないので一つ一つ店員に聞いていく。
聞いたことがないものばかりだが、絵筆は獣の毛だし、色絵の具の原料は鉱物や植物が多い。
「この絵の具瓶を開けてみても?」
僕は黒い絵の具瓶を指差す。
店員はその瓶を手に取り、僕に向けて蓋を開けて見せてくれた。
僕は匂いを嗅ぐ。
やはり、思った通りだ。
「墨……」
思わず呟く。
「うん?」
ヨシローに聞かれるのは拙い。
前世界の記憶があることに気付かれたくない。
「何でもありません」
ニコリと笑ってごまかす。
店員に、黒絵の具瓶と太めの絵筆を追加で購入すると伝える。
何とか予算内で収まった。
無事に夕食前にワルワさん宅に到着。
ティモシーさんはこれから交替で仕事に行くそうだ。
「皆、祭りを楽しみにしていたからね」
昼間、店に寄ってくれた若い警備隊員たちを思い出す。
彼らと交替するのだろう。
「本日はありがとうございました」
夜は若者たちが羽目を外しやすいので、夜間の巡回のほうが大変そうだよな。
僕はがんばれの気持ちを込めてティモシーさんを見送った。
「わはは、ワシも久しぶりに売り子をさせてもらって楽しかったぞ」
祭り用の豪華な夕食をバムくんと一緒にご馳走になる。
モリヒトがヨシローから酒を勧められているのが見えた。
『これは美味しいですね。 買って帰りたいので教えていただけますか?』
ぐう。
僕もこんな姿じゃなければ異世界の酒を飲んでみたかったなあ。
「今日はもう店は閉まってるな。 まだ封を切ってないのがあるから、それで良ければ持って帰りなよ」
新しい酒瓶を受け取り、モリヒトが僕に目配せしてきた。
お、帰ったら飲ませてくれるのか。 楽しみだ。
今回、ワルワさんとバムくんには正当な報酬を払うつもりだった。
しかし、拒否されてしまう。
「アタトくんの出店は領主様からの急な依頼じゃったからな。
ワシらのせいでもあるし、手伝いは当然じゃろう」
短い時間だったこともあり、報酬はそんなに多くない。
それでも色々と世話になっているし、これ以上、貸しは作りたくなかった。
『それはいけません。 アタト様の矜持に関わります』
いいぞ、モリヒト。 もっと言ってやれ。
僕はワルワさんから売上の計算、客や好まれる魚の傾向を教えてもらった。
その情報だけでも価値があると思っている。
「じゃあさ、アタトくん、これからも遊びに来てよ。
ワルワさんは魔獣の素材の持ち込みだけでも本当に助かってるんだ。
そのお礼だと思ってさ」
ヨシローの言葉に僕は眉を寄せる。
「ですが、いつもちゃんと素材の代金は受け取っていますよ?」
ワルワさんは首を横に振る。
「いやいや、本当に助かっておるんじゃ」
最近、この辺りでは魔獣被害が減っていて、大型魔獣はほとんど見かけなくなった。
しかも魔魚の素材などは滅多にお目にかかれないそうだ。
僕とモリヒトは顔を見合わせる。
『分かりました。 それでは今後の取引を継続するための手付金代わりといたしましょう』
モリヒトが折れた。
そろそろ帰る時間になる。
今回も夜間に森を抜けるつもりだと言ったら、バムくんが驚いていた。
「気を付けてな」
「はい、ありがとうございます」
僕とモリヒトは、お腹ぽっこりのタヌ子を抱いて森へと向かう。
少し酔っぱらいのヨシローとバムくんがいつまでも手を振っていた。




