第二百八十九話・都合の良過ぎる話
将来、この町の新しい領主はおそらくエンデリゲン王子になる。
廃れた領地をどうやって復興、繁栄させるのか。
僕としては、お手並み拝見というところだ。
口なんか挟めない。
とにかく、まだ来ていないうちに、今はこっちの都合を優先させてもらう。
領主がいない町は近隣の村も含めて、盗賊や詐欺師が入り込み易い。
見たところ、新しい領主が決まるまでを預かる代官も不在なのか、町の保安に興味がないのか。
全く統制が取れていない。
治安を守るべき領兵や町の警備兵が他の町へ仕事を求めて出て行ってしまい、人数が減っているので手が回らなくなっているのだろう。
当たり前だよな。
旅人は宿泊どころか、町を素通りして行く。
それでも愛着のある町を捨てられずに残った人々を、少しでも救えるかな。
「町に移転届けが必要なら今のうちに手続きしておいてください」
本当に出すだけで承認されるかどうかは知らんが。
「役所は機能してませんよ。 何を言っても勝手にしろと言われるだけです」
あらら、主人はとっくに諦めているようだ。
それでも一応、届けは出すようにお願いする。
僕は、向こうが落ち着けば、いずれ宿はこちらに返すつもりだ。
その時に、この地に戻りたい者と湖の町に残りたい者は出るだろうが、少なくとも宿の主人が戻りたいなら、またやり直せる。
僕は住民の一部を一時的に預っているだけだと、王子には説明するさ。
午後、まずは空っぽにした宿の建物を移す。
一瞬とはいかず、時間は掛かったが無事に終了。
大工の棟梁に問題ないかを確認してもらう。
夕方からは集まった人々を順番に、少人数に分けて移動させる。
僕は、最初に移動する女将さんに頼み事をしておいた。
「人間の確認をお願いします」
「あいよ」
この町で作った名簿と、湖の町に到着している人間に相違がないかの照合。
減ってたり、増えてたりしたら怖いしな。
確認が終わり次第、移動して来た者たちは宿の空き部屋で休んでもらう。
僕は宿の主人と共に、最後に湖の町に到着した。
後片付けをしていたので遅くなってしまった。
「あのお、宿の営業はまだ先でよろしいのですか?」
僕は「はい」と頷く。
いきなり知らない土地で働けと言っても無理があるだろう。
夜が明けたら周囲の結界の壁を消すが、客を入れるのは皆がこの町に慣れてからでいい。
この宿は十分な大きさがあるので、働く従業員たちに1階の部屋を与えても、上の階の部屋には余裕があった。
さすがは辺境伯御用達の宿である。
「これは、この町の主な宿の料金表です。 参考にしてください」
宿の主人に領主の文官に用意してもらった資料を渡す。
「食材は仕入れ済みです。 僕たちは外の小屋にいますから、何かあれば連絡を」
窓から見える野営用小屋を指差す。
そして。話はそれくらいにして、今晩はもう休んでもらう。
明日は宿の視察に領主が来て契約の儀式になる。
朝から忙しいぞ。
「お帰りなさい!、アタト様」
「お疲れ様」
野営用小屋に戻りると、ガビーとティモシーさんが起きていた。
「ティモシーさん、ありがとうございました。 ガビーも助かったよ」
手伝ってくれた二人は移動の完了まで見届けたかったのかな。
「私は風呂の順番待ちだ。 ヨシローは長風呂だからな」
ティモシーさんは眉を寄せて風呂の方を見る。
あー、そーでしたかー。 アハハハハ。
僕は小屋の地下にある自分の部屋に入る。
「ふう」
怪しい奴らを寄せ付けず、荷物を運ぶ従業員たちの護衛を買って出てくれたティモシーさん。
不安がる子供たちの面倒と、周辺の警戒をしてくれたガビー。
宿を建てる場所を確保してくれたヨシローや他の皆。
僕ひとりでは出来なかった。
有り難い限りだ。
『アタト様が急な思い付きで動かれたから、皆さん大変でしたよ』
モリヒトは事前に話があれば、自分だけで準備が出来たと不機嫌そうに言う。
うん。 そこは申し訳ない。
「でもな。 なんとかなったのは、やっぱりモリヒトがいたからだ」
モリヒトの精霊魔法がなければ、こんな無茶はできないし、僕だってこんなこと思い付きもしなかったと思う。
「モリヒト、ありがとうな」
僕はモリヒトに清潔の魔法を浴びせられ、ベッドに放り込まれた。
おや?、モリヒトでも照れるのか。
ニヤニヤしながら毛布に包まると、すぐに眠りに落ちた。
翌朝、打ち合わせ通りにご領主と文官たち、そして教会の神官と女性司書がやって来た。
新しい宿は結界で見えない状態なので、僕たちのいる野営用小屋に来てもらった。
「おはようございます。 こちらへどうぞ」
僕は一行を先導し、結界の壁の前に立つ。
昨日、テントを移動させられた旅行者たちも、何かあるのかと興味津々でこちらを見ている。
「それでは、新しく誘致した宿をご紹介いたします」
パチンッと指を鳴らす。
ま、カッコつけただけだ。
音と同時に結界を解くと、3階建ての建物が姿を表わす。
「おー」と周りから声が漏れた。
「営業開始は数日後になります。 その時はよろしくお願いします」
僕は見物人に笑顔を振り撒く。
何故か拍手が起きた。
「一晩でこれだけの宿と従業員を用意するとは、さすがはエルフ殿」
神官にあまり持ち上げられると変な感じだ。
「何かありました?」
神官がグイッと身を寄せて来た。
「実は昨夜、闇に紛れて精霊様が我が教会を訪れまして」
興奮気味で声が大きいのは、周りの見物人にも聞かせたいのか。
「こちらの女性神官を仲介者に指名されたのです!」
司書がいつの間にか神官になってるな。
「それはおめでとうございます」
僕は元司書で神官に昇格した女性に微笑む。
手を差し出し握手しながら、
「友人として大変誇らしいです」
と、囁いた。
彼女は顔を赤くしながら「ありがとうございます」と答える。
そして、僕は領主一行を宿の中へと案内し、モリヒトに彼女のエスコートを頼む。
お祝いだし、それくらい良いだろう。
しかし、うまく行き過ぎじゃないだろうか。
これが精霊王の差し金だったら嫌だな。
僕は思い通りに進んで行くことに一抹の不安を覚えた。




