第二百八十六話・精霊の話とお願い
遮断結界とは、全く違う空間にすることだ。
人々の近くに3体も精霊がいると、どんな影響が出るか分からない。
魔素が集まり過ぎると魔獣が発生する恐れがあるからな。
完全に別空間にさせてもらった。
『ワシらに何か用か?』
お化けナマズは酒に目が釘付けになっている。
「どうぞ」
賄賂を先に渡しておくか。
「少しお話を聞かせて欲しいのですが」
酒瓶を愛おしそうに抱きかかえるナマズ魔魚に訊ねる。
「湖の異変を見物する人族が多く押し寄せていまして、このままでは怪我人が出ます」
知ったこっちゃないとナマズは酒瓶の蓋を開く。
「確か以前に伺った時は、湖の左岸と右岸で棲み分けると聞きましたけど」
僕たちが最初にこの湖を訪れた時は、魔魚は底の方に、普通の魚は水面に近い場所と棲み分けていた。
それを魔魚も釣れるようにしてほしいとお願いした結果、棲み分けの場所を変えてもらったのだ。
『うむ。 あれは失敗したんじゃ』
湖の左右で分けたが、どうしても混ざり合い、魔魚たちが普通の魚を食べてしまったらしい。
『それで一時的に上下を入れ替える時間を設けた』
釣る者に分かり易いようにと水の色を変えるなど工夫してくれたそうだが。
今回、それが裏目に出た。
湖の色が『酒』で変わる。
「それを面白がって見物人が増えちゃったんですよー」
元々仏頂面のナマズが不貞腐れる。
『では、どうしろと?』
ビチビチとヒレを動かすが、ここには水がないから僕に被害は無い。
「教会に神託として言葉を伝えられないのでしょうか?」
直接交渉が出来れば問題なかったと思うんだ。
しかし、見た目が人族が怖がる魔獣と魔魚だから、今までは姿を見せないようにしていた。
あれ?。
「今は馬魔獣の姿を怖がっている者はいませんでしたよ?」
『そうなのか?。 そういえば、先ほどたくさん人間がいたが、恐がっている様子ではなかったな』
普通は魔獣を見れば怖がって逃げてしまうものだ。
「黒馬魔獣の姿を精霊様の変化だと認識しているからでしょう」
おそらく最初に見た人は驚いただろう。
しかし何も被害は無いし、湖の魔魚も獲れるのだから問題はないと気付いた。
なんせ、酒飲みに来てるだけだしな。
「僕としては、時間を決めて知らせるだけでいいと思いますよ」
水の色まで変える必要はない。
人族との間できちんと取り決めをし、奉納も派手にやらなくて良いと伝えればいいと思う。
『では東風の精霊が話を付けてくれ』
お化けナマズは酒瓶を空にして、お代わりを要求し始める。
『我がか?』
僕とナマズはウンウンと頷く。
『お前さんの話は理解した』
馬魔獣姿の精霊の言葉にホッと胸を撫で下ろす。
『しかし、我からも一つ頼みがある』
「はい。 なんなりと」
僕と精霊たちとの間で話を詰めていく。
翌朝、早い時間に朝食を済ませて教会へ向かう。
奉納の儀式が始まる前に伝えなければならない。
「領主様も同席するそうです」
ティモシーさんに頼んでいた領主との面会を、教会で同時に行うことにした。
僕とモリヒト、ティモシーさんの3人で伺う。
邪魔臭いことは一気に片付けたいからな。
しかし、教会の前に不穏な馬車が停まっていた。
「えーっと、見た覚えのある馬車ですね」
ティモシーさんが唸る。
とりあえず、僕たちは「約束がある」と受付に告げて奥に通された。
「アタト様、モリヒト様!」
アリーヤさんの街の教会にいた女性司書さんがそこにいた。
「あなた方のお知り合いだと言われて同席を許可したのですが?」
この町の神官が彼女の話を鵜呑みにして通したようだ。
「まあ、多少お世話になりましたが」
知り合いといえば知り合いだけど。
モリヒトを追いかけて来たんだよね?、たぶん。
顔を赤らめてチラチラとモリヒトを見ている。
はあ。
彼女は部屋の隅で、僕たちの話し合いが終わるのを待つことになった。
「領主様、神官様、二ヶ月ぶりですね」
まずは挨拶を交わし、思い出してもらうところから。
そのため、今日の僕は王宮でも入れそうな高級な服装にしている。
「ええ、ええ。 覚えておりますとも。 騎士ティモシー様のご友人で精霊様とお話が出来る方」
ちょっと禿げた神官は興奮したようにまくしたてた。
こちらは大丈夫そうか。
「はい。 精霊の方々にご協力いただき街道を整備して頂いた恩は忘れておりません」
中年の男盛りの領主にとって、僕は精霊の言葉を伝えた者というより、街道を整備した者というのが大きいらしい。
「僕たちは王都から辺境地への帰路の途中なのですが、新しい街道が大変込み合っていて驚きました」
領主はウンウンと頷きながら、
「よく整備されておりますでしょう」
と、何故か自慢気だ。
あのなー、「迷惑してる」って言ってんだよ。
「昨夜、精霊様と話をしまして」
神官さんが身を乗り出して聞いてくる。
「お、お酒は気に入っていただけましたでしょうか!」
僕はちょっと分からないという風に首を傾げる。
「気に入る、ですか?。 精霊様は美味しいお酒であれば何でもお好きですよ」
「は、はあ」
よほど力を入れて集めているのだろう。
神官は少し意気消沈する。
これくらい静かなほうが話し易いな。
「少年、精霊様は何と仰っているのだ?」
「はい。 実は今後、あのような儀式は不要だと」
「は?」
領主と神官は同時に声を上げた。
「気に入らなかったのか……」
「だから言ったではないかー」
なんだか内輪揉めが始まりそうだったので、僕はゴホンと咳をする。
「あのですね。 ああいうのは精霊様は興味ないんですよ」
「し、しかし、湖の色が明らかに変わって、喜んでおられたではないか!」
神官の顔が真っ赤になる。
「いえいえ、あれは魔魚と魚の棲み分けが目に見えるようにしただけだって言ってました」
お化けナマズの姿なんて見せたら怖がらせるから、色で伝えただけのこと。
「ですから今回、僕がこうやって精霊様の言葉を伝えに来たわけですけど」
僕はわざと尊大な態度を取る。
「いつも僕が仲介に入るわけにはいかないので」
新たな交渉役を指名することになったと伝える。




