第二百八十三話・町の事情と精霊
儀式が終わり、人の波は少し減ったように見えたが、湖周辺は夜中になるとまたポツポツと人が集まるそうだ。
宿も満杯なのは、そのせいか。
「精霊が見られるなんて、すごい!」
イヤイヤ、ガビー。 いつもモリヒトを見てるのに?。
「あ」と顔を赤くするが、まあ普段モリヒトはエルフか人間の姿をしてるしな。
精霊の本体は光の玉であり、魔獣型に変化するのは珍しいのだ。
というか、精霊自体が人族の前にあまり姿を見せることがない。
なのに、馬魔獣型の東風の精霊は、いったい何を考えているのやら。
それと精霊を観光のために使う領主に対しても疑問が残る。
一度話を聞く必要があるな。
ロタ氏と居酒屋のおじさんが僕たちを探していたようだ。
「お、ここに居たか」
酒の匂いをさせていない辺りは二人とも商売人だね。
僕は湖に浮かぶ釣り舟を見ながら訊ねる。
「この色はどれくらい続くのですか?」
湖の近くに住んでいるおじさんは、
「そうだな。 だいたい昼頃までだ。 でも、その日に奉納された酒の良し悪しで時間の長さは変わるらしい。 はっきりとしたことは分からんが」
と、言う。
たぶん、これ、あのナマズ魔魚型の沼の精霊がやってるんだよな。
酒で機嫌が変わる精霊って、なんだよ、それ。
僕は、あのナマズ顔を思い出して呆れるというか、少しクスッと笑ってしまう。
まあ、主のいない精霊ってのは元々気紛れなもんだしな。
「ティモシーさん、後でご領主と話がしたいんですけど、仲介をお願い出来ますか?」
ご挨拶に顔ぐらい出してこよう。
「うむ、承知した」
周りの観光客を意識したのか、ティモシーさんは騎士らしい固い表情で頷く。
ロタ氏に僕たちの護衛を頼んで、さっそく領主の所に向かってくれた。
「僕たちは一旦、野営場に戻ります」
居酒屋のおじさんに挨拶する。
「ああ、また夜にでも飯を食いに来てくれ」
前回同様、魔力を帯びた予約板を渡される。
これがあれば他の客は入れない。
「ありがとうございます、楽しみです」
おじさんとこの料理はマジで美味いんだよな。
僕は上機嫌で居酒屋のおじさんに手を振り、笑顔で別れた。
小屋に戻ると老夫婦も帰って来ていた。
「いやあ、この歳になると人混みは疲れますなあ」
僕たちと入れ替わりで、モリヒトが昼食の買い出しに行きたいというのでガビーに付き添いを頼む。
モリヒトは、酒は飲むが食事をあまりしないので食品の買い出しはに向かない。
何が美味しいとか、味の違いが分からないからだ。
いつも買い物をしている店や僕のことを知っている者なら「いつもの」で何とかなるのだけど、知らない町では買い物に難儀する。
そのため他の町では、なるべくガビーか誰か味の分かる者に付き添いを頼む。
「あたしも行っていい?」
『もちろんです』
スーも付き合うと言って一緒に出て行った。
小屋は狭いから、じっとしてるのに飽きたかな。
「アタト様、少し良いでしょうか?」
元辺境伯領兵のお爺さんは何か言いたげだ。
「はい」
僕は周りの野営者たちに聞かれないよう防音結界を張る。
お爺さんは町の様子や教会の話を教えてくれた。
さすが辺境伯領兵の情報収集力は半端ない。
老兵のお爺さんとヨシローの話を合わせると騒ぎの原因は教会と領主。
「最初は精霊からのお告げとして、魔力で釣りをすることを規制したのが始まりで」
それは僕が頼んだやつだ。
「それから領主様が酒を湖に奉納として流し込んだら色が変わったと聞きました」
それを見た住民が騒ぎ出し、以来、この町の名物になったようだ。
「つまり、領主はそれを観光のために利用したんですね」
この町を盛り上げようとしているのは分かるが、この混み様はやり過ぎだと思う。
ヨシローが「ふむ」と頷く。
「でもさ。 以前来た時に見た湖もすごく綺麗だったし、客も結構いたよね。 何故、そこまでして客を呼ぶ必要があるの?」
金か名声か、他に何かが必要になったのか。
人間の欲っていうのはキリがないからな。
「あのー。 教会の警備隊員や神官さんたちはどうでしたか?」
僕はぐるりと首を動かして出入り口に立っている警備隊の若者を見る。
「は?、えっと」
その場で腕を組んで考える。
「そうですね。 この町の規模にしては人数が少ない気がしました」
ん?。
「以前来た時に比べて少ないということですか?」
「ああ、いいえ、以前からです。 観光地ですから教会にも参拝者が多いんですが、警備している者自体がいやに少ないなと」
辺境地の警備隊でもそうだが、小さな町はどこも人手不足なのである。
「それなら、こんなに大勢の人が押し寄せたら、もっと大変だろうに」
老兵は顔を顰める。
警備員の不足は何かあった場合に危険度が増す。
「ええ、そうですよね。 でもそこは『精霊様が守ってくださる』ということらしいです」
はあ、そんなこと勝手に言って大丈夫?。
「そのために良い酒を奉納してるってことか」
ヨシローも眉を寄せて難しい顔になった。
日頃から守ってもらっているから、お礼に奉納する。
毎日、美味しい酒を奉納するから、守ってもらえる。
どっちだ?。
感覚的に「持ちつ持たれつ」ってことだろうが、危うい雰囲気がするのは何故だ。
しばらく考え込んでいたら、モリヒトたちが戻って来た。
昼食を食べ、各自休憩に入る。
今回の野営用小屋は周りに配慮して小さめで狭い。
そのため、僕は個人用の部屋は地下に作った。
ドワーフたちに言わせると、この辺りの地盤はあまり良くない。
元々湿地帯のため土が柔らかく、掘るとどこでも水が湧く。
だけど。
「モリヒトだからね」
大地の精霊に任せておけば良いのである。
小屋には大雑把に厨房付き食堂と、人族用の小部屋が三つ。
老夫婦、ヨシローとティモシーさんと警備隊の若者で二部屋と荷物置き場。
地下には広めの三部屋。
ドワーフたちの男女別の二部屋と、僕とモリヒト用である。
馬車と馬用は柵で囲っただけだが、一応見えない盗難避け魔法が張ってある。
「もう少し情報を集めようか」
僕はモリヒトと共に静かに小屋を抜け出した。




