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異世界を信じる者たちへ 〜何故かエルフになった僕〜  作者: さつき けい


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第二百八十二話・湖の町の異変


 湖の町に近付くほど人は増え、馬車は渋滞する。


「せっかく道を直したのに」


以前、この道を通った時、この土地の精霊とモリヒトで道幅を広げたり、沼地が点在していた周辺を含めて整備したのである。


交通の便が良くなったはずなのに、逆に混み合っているのは何故なのか。


 王都領から湖の町まで、そんなに距離は無いはずなのに、到着したのは真夜中。


宿なんて取れるわけもなく、僕たちは郊外で野営することにした。


前日と同じように魔法で野営用の小屋を作る。


周りには同じ境遇の旅人たちが何組もテントを張っていた。


皆、考えることは同じらしい。


とりあえず、疲れたので寝た。




 翌朝、いつもより遅く目が覚める。


『おはようございます、アタト様』


「おはよう」


モリヒトが朝食の準備をしている間に皆が起きてくる。


しっかり朝食を取ってもらう。


僕は今日、ロタ氏と少年を連れて出掛ける予定だ。


「観光として町に出掛けても良いし、ここで休んでいても良い。 ただし、僕の用事が終わり次第出発するので居場所はハッキリさせておいてくれ」


人混みは苦手だ。 早くここを脱出したい。


ティモシーさんと警備隊の若者に、町に出掛ける者たちの護衛を頼む。


「分かりました」


モリヒトは野営用小屋周辺の警戒のため留守番だ。


地元の精霊がいるはずなので、念のため僕とは別行動にする。




 僕は前回、お世話になった飲食店に向かう。


町中は朝っぱらから、やたらと人が多い。


「祭りか何かあるんですか?」


ドワーフの少年が冷静に訊いてくる。


さすが王都育ち。 人の多さに慣れているようだ。


「そうかもな」


祭りがあるとは聞いていないけど、あり得ない話ではないと思う。


 店は町の外れで湖の近く。


「わあ、ここもいっぱいですね」


むしろ先ほどより多い気がする。




「お、干し魚の坊ちゃんじゃないか。 久しぶりだな」


店の前に店主のおじさんが立っていた。


「お久しぶりです。 覚えていてくれて嬉しいですよ」


軽く挨拶を交わす。


閉まっている店内に入り、カウンター席に座る。


「今日は釣りしないんですか?」


ここは湖で釣った魚を料理して食べさせる、小さな居酒屋みたいな店である。


「ああ。 この人出だからなあ。 魚も逃げちまう」


朝食を済ませたと話すとお茶を出してくれた。


「ありがとうございます」


僕は人通りの多い窓の外を眺めながら、話を切り出す。


「約束通り、ドワーフの行商人を連れて来ました」


そう言ってロタ氏を紹介する。


「行商をしておるロタだ。 よろしく頼む」


後は二人で商売の話をしてもらう。




 店主の希望は魚醤である。


辺境地の魔力を含んだものを希望。


「承知した。 契約書を作らせてもらうので、数や頻度を伺いたい」


湖の町は地盤の関係で地下にドワーフの通り道がない。


そのため近隣の町から陸路での移動になるので、日程は不定期になるという。


「仕方ない。 それで頼むよ」


契約が成立したようだ。


「他にも必要な物があれば入手するが?」


「そうだなあ。 珍しい酒なんかがあれば買い取るぞ」


「ふむ」とロタ氏は王都で仕入れた酒瓶をいくつか取り出した。


「お、これは見たことないな。 味見させてもらっても良いか?」


「もちろんだ」


そして味見という名の酒盛りが始まる。


朝から元気だな。




 僕は呑兵衛たちに断って店の外に出る。


付き合い切れないと思ったのか、ドワーフの少年も店から出て来た。


「アタトさん、どこ行くの?」


旅の間に「年齢は近いのだから」と呼び方を変えてくれと言うと、何故か『さん』付けになった。


僕は彼がはぐれないようにゆっくり歩く。


「湖を見に行こうかと思ってね」


少年は頷き、ついて来る。


「あれ?、アタトくんも来たんだ」


人混みの中からヨシローが手を振る。


ティモシーさんとガビーも一緒だ。


スーは小屋に残り、老夫婦と警備隊の若者は教会へ参拝に向かったらしい。




 人混みから少し離れる。


「どうやら湖に異変があったらしくてさ。 皆、それを見物に来ているそうだよ」


ヨシローが観光客に適当に話し掛けて聞いた話では、僕たちが去った後、この湖では珍しい現象が見られるようになったと言う。


ん?、なんか嫌な予感がする。


「ここのご領主が毎日、湖の精霊に祈りを捧げると水の色が変わるんですって」


ガビーは興奮した様子で湖を眺めた。


 そこへ見た覚えのある貴族男性が、多くの騎士を引き連れて現れる。


まるで大名行列だ。


「奉納の儀を始める!」


中年男性の領主の傍で、神官服の男性が声を上げる。


あー、中位貴族と教会はグルなのか。




 騎士たちが酒瓶を取り出し、湖に突き出た桟橋の先に設置された桶のような器に注ぐ。


「精霊様、本日もお納めください」


神官が声を上げ、領主共々、深く礼を取った。


白い陶器で作られた桶もどきは二つあり、一つは底が抜けていて、酒は湖に零れ落ちる。


もう一つは、そのまま器を満たす。


 しばらくして湖の水の色が変わり始めた。


「うおーっ」


と、見物人たちから声が上がる。


美しい青から鮮やかな緑に変わり、魚の影が浮かぶ。


すると、待っていたかのように岸から船が出て漁を始めた。


岸で釣り糸を垂らす者たちもいる。


「この色になっている間だけ、魔魚が漁れるそうだよ」


へえ、そーなんだー。




 確かに前回、僕の失敗で湖の精霊を怒らせ、教会と領主にお詫びに伺った。


そして、精霊の機嫌をとってくれるように頼んだ。


「毎日、美味しい酒を奉納する」と、約束してくれたけど、まさかこんな事になっているとは。


さすが観光しかない町だ。


しかし、こんなに派手でいいのか。


「こんなの見てて面白いのかな」


「えっ、楽しくないですか?!」


ガビーが嬉しそうに目を輝かせていた。


どうも目の前で湖の色が変わるという、非日常を見られることに興奮するらしい。


そんなもんかね。


「あのもう一つの器の方は、真夜中に真っ黒な馬型の精霊がやって来て飲み干すそうです」


頭を抱えそうになる。


本当に何やってんの、精霊さんたち。


これは夜の様子も見ないといけないな。


「一旦戻りましょう」


モリヒトに相談しなきゃいけないだろう。



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