第二百八十一話・帰郷の旅と『おむすび』
なんとか領主を丸め込めたか。
「ふう」
帰りの馬車でひと息吐く。
「アタトくん。 今夜はこれ以上、何も言わんが」
「はい?」
目の前に座るオーブリーさんの目が怖い。
「あまり危ない真似はするな。 ハラハラしたぞ」
心配してくれてたみたいだ。
「ええ、分かってます。 でも言葉遊びは貴族様の方が得意でしょ?」
『異世界料理』を『神官様料理』に言い換えただけ。
「分かってるならいい」
オーブリーさんは腕を組んで黙り込んだ。
ともかく、オーブリーさんの兄である領主様は王宮に対して「アレは『神官様料理』だ」と言い張ってくれるだろう。
自領の名物になるのだから、それくらいはしてくれるはずだ。
僕としても助かるので、何かあれば、こちらからも支援させてもらうつもりだ。
食は大事だからな。
翌朝、僕たちは早めに朝食を済ませ、馬車に馬を繋ぐ。
「おねえさーん」「ちゃーん」
ドワーフたちの荷馬車に誰かが押しかけている。
あれは、アリーヤさんとこのお嬢ちゃんたちか。
「昨日はありがとうございました。 これ、私たちで作ったお菓子です」
ガビーは紙に包まれた菓子を両手で受け取る。
「え、あ、ありがとう」
感激してるな、泣きそうな顔になってるぞ。
「ウフフ、こちらにもありますよ」
僕の方もアリーヤさんに捕まっていた。
「両親の店を今後ともよろしくお願いします。 これはお昼に召し上がってくださいね」
大切に包装された弁当っぽいものが入った手提げ袋を受け取る。
「ありがとうございます」
気を使わせて申し訳ない。
「気を付けてね」
ティモシーさんもアリーヤさんと姉弟の別れの挨拶を終えて騎乗。
「出発」
馬車が動き出した。
アリーヤさんから渡されたのは『おむすび』だった。
お昼に見晴らしの良い場所に座り、皆で食べる。
「うわっ。 見た目はただのライスの塊なのに、塩味が効いてて美味しい!」
ガビーが一口頬張り、感想を叫ぶ。
ヨシローはガツガツと口に詰め込んで咽せていた。
バカじゃないか。
お茶のカップを渡してやる。
「うまかった!。 でも、あの街では全然見かけなかったがなー」
ヨシローは料理を教えてもらうために食堂を手伝っていたが、『おむすび』は見かけなかったと言う。
「ライス自体があまり普及していないからな。 これから売り出すことになりそうだ」
ティモシーさんも『おむすび』は知らなかったみたいだが、実家で『神官様料理』として色々売り出す話は聞いていたようだ。
「こうやって外で食べるのに便利だし、美味しいですわ。 どうやって作るのかしら」
ライスの調理方法を色々教えてもらった元辺境伯邸の侍女のお婆さんは作り方を考える。
「あー、これはですねー。まず、手を綺麗に洗いましてー」
ヨシローは熱心に作り方を語った。
見た目は完全に『塩むすび』だが、硬いし味に違和感は残る。
僕は無言で「もう少しだな」と思った。
先頭に若い警備隊員の護衛。
僕たちの馬車の後にドワーフたちの荷馬車が続き、最後尾にティモシーさんが付いている。
王都領を離れ、街道をひたすら辺境地を目指す。
このまま進むと観光地の湖がある町。
黒馬型の精霊とナマズ型の精霊に会った土地だ。
出来れば会いたくないが、挨拶くらいはした方がいいのかな。
そう思いながら馬車に揺られること数日。
やたらと周囲に人が増え始める。
「こんなに賑やかな場所ってあったか?」
街道は一本しかない。
僕たちは来た道を戻っているだけなので、ふた月ほど前に通った時との違いに驚く。
湖のある観光地の手前の町で一泊。
小さな町のため、宿も取れない。
ここまでは順調に辺境伯の紹介の宿に泊まれたが、さすがに無理は言えない。
「仕方ない。 町の外で野営するか」
『様子を見てまいります』
僕が頷くとモリヒトの姿が光の玉になり、そのまま消えた。
街道から見えない位置で、馬が休める水場の近くを探す。
食事の用意や配膳は老夫婦とガビーたちがしてくれる。
僕が土魔法で野営用の建物を作ると新人のドワーフ二人は目を丸くしていた。
「やっぱりアタト様はすげえ」
武術に関しては才能がありそうなドワーフの少年が羨ましそうに言う。
「いや、僕がすごいんじゃなくて眷属精霊が優秀だからだよ」
魔法の指導から、体術や剣術まで仕込まれている。
「ずいぶん修行されたんでしょー?」
のんびりとした口調でドワーフのおねえさんも褒めてくれる。
「いや。 モリヒトに会って、まだ1年くらいかな」
あれは初夏だった。
エルフの森を出てから1年経ったということか。
僕には『異世界』で生活していた、という記憶はない。
ただ、ここではない世界で老人になるまで生きていた記憶がある。
何故、死んだのか。
家族はいたのか。
その辺りは何も思い出せない。
おそらく、過去に引きずられないためだと思う。
僕をこの世界に送り込んだ精霊王は何かの意図があったはずだ。
あまり懐かしんでばかりはいられない。
「僕はエルフとしては未熟だから森の村を追い出されたんだ。 もしどこかで他のエルフに会っても、僕のようにおとなしいと思うなよ」
「あー、うん、そーだね。 噂では、すごく傲慢で喧嘩っ早いて聞くからな」
ヨシローがウンウンと頷く。
「へえ、そうなんですか」
王都育ちの老夫婦がヨシローに訊ねる。
ドワーフたちは微妙な顔をした。
行商で各地を回っているロタ氏や、辺境地のドワーフ街に住むガビーとスーはエルフの森を知っている。
「直接話をしたことはないので、傲慢かどうか分からないけど」
ガビーがポツリと溢す。
「他の種族を寄せ付けない感じがしました」
ドワーフ街に来ることはあっても代表相手にしか話さない。
あとは丸っ切り無視されたそうだ。
「美しい容姿が自慢なのよ。 自分たちは神に愛された種族だって」
だから傲慢なのだとスーの鼻息が荒い。
間違ってはいない。
「まあ、碌でも無い連中だと覚えておいてください」
僕は王都組に釘を刺しておく。
「はい。 分かりました」
「気を付けます」
僕は「頼む」と頷いた。
辺境地でも滅多に会わないとは思うけど、念のためにな。




