第二百七十九話・儀式の終了と報告
儀式は滞りなく終わった。
アリーヤさんは、老神官の傷一つ無い遺体を見て静かに涙を流し、灰さえ残さず消滅した時は気丈に凝視していた。
僕はそんなアリーヤさんに声を掛ける。
「アリーヤさん、歌を一曲、お願い出来ませんか」
ハッとしたように我に帰り、アリーヤさんは微笑む。
「そうですね、では」
歌う準備に入るアリーヤさんを止める。
「あー、ここではなく、地上で」
歌のお仕事として連れ出したのだから、歌声だけでも墓所の外に届けよう。
僕は、部屋の隅で待機していたアリーヤさんの父親と夫を呼び、一緒に祠を出た。
大木を見上げる。
この世界の者たちは、全て魔素に還り、また魔素から生まれると言われている。
元々魔力を持たない『異世界人』は、ただ消えるのみ。
だけど、この世界に呼ばれた『異世界人』の想いは受け継がれている。
僕はアリーヤさんに語りかけた。
「祠には、もう神官様の魂はいらっしゃいません。 居るとすれば、アリーヤさん、きっと貴女の中に」
老人の戯言だ。 偉そうですまん、許してくれ。
「はい。 ありがとうございます」
アリーヤさんは両手を胸にそっと当て、改めて大木に向かって息を整える。
静かに歌い出すのは老神官が好きだったという望郷の歌。
葉擦れの音がヤマ神官の伴奏のように聴こえる。
懐かしい……。
僕は自然と溢れそうになる涙を堪えた。
宿に戻る。
「出発の用意は出来てるか?」
モリヒトに訊ねる。
家族でもない僕が『歌姫』の秘密を知ってしまった。
このうえは、漏らさないうちにサッサとこの街を離れたい。
『ヨシロー様や他の皆様の準備が出来ていません』
あー、そうか。
馬車に乗るのは僕、モリヒト、ヨシローと老夫婦。
護衛の騎馬はティモシーさんと辺境地の警備隊の若者。
ドワーフ5名は辺境伯家の荷馬車でついて来る。
近々、この街を離れるということは昨夜のうちに話してあるが、僕一人で勝手には帰れない。
普段着に着替えて食料品店の食堂に向かい、昼近くで準備に忙しい厨房に顔を出した。
「失礼します」
責任者にヨシローたちがお世話になった礼を伝えると、
「いやいや、こちらの方が助かりましたよ、坊ちゃん」
と、感謝された。
ヨシローたちの評判は良く、この街を出ると言うと残念がられてしまった。
「おや、アタト様」
忙しく働いていた元辺境地家の老夫婦に成果を訊ねる。
「あっはっは。 ワシは皿洗いをしてただけじゃが、妻はなんとかモノにしたようじゃよ」
それはありがたい。
「お疲れ様でした。 こちらの用事は終わりましたので出立の準備をお願いします」
次の街まで日数が掛かるので、食料や日用品の在庫確認、馬の飼料などの手配が必要になる。
「あら、そうですか。 では、ここのお手伝いは昼食時間が終わるまでですね」
老夫婦は頷く。
「ええ、よろしくお願いします」
「分かりました」
挨拶を終えて厨房から食堂内へ移動。
少し早いが飯でも食って帰ろう。
「アタトくん、ちょっと」
ヨシローに手招きされた。
「どうしました?」
ヨシローにも明日の出発の件は伝わっているはず。
「なんか、お金を受け取ってくれって言われてさ」
食堂の責任者から、ヨシローたちの手伝いに給金を渡したいと提案されたらしい。
「俺たちが勝手に押し掛けたんだ。 金なんてもらえないよ」
どうやら日本人のヨシローでは押しに弱く、流されそうになっているらしい。
「もちろんです。 僕から話しましょう」
責任者に直接会って辞退を申し出る。
「本来ならば極秘の調理方法を教えて頂いたのですから、それは受け取れません」
むしろ、こちらが払う立場である。
「そ、そうか?。 じゃあ、せめて今日は無料にするから腹いっぱい食って行ってくれ」
渋々だが納得してくれた。
「お心遣い感謝します」
僕は軽く食事をして、ヨシローたちより先に店を出た。
教会の図書室にも挨拶に寄る。
「まあ、もう出立ですの?」
「お蔭様で、とても良い経験をさせて頂きました。 ありがとうございます」
受付の女性司書に感謝を伝える。
「い、いえ、私でも少しはお役に立てたのなら良かったですわ」
彼女はなにやら期待の眼差しを向けてくる。
あー、モリヒトね。
「モリヒト。 ちょっと教会警備隊に顔を出して来るから、ここで待ってて」
『はい』
怪訝な顔をされたが、おとなしく従うモリヒト。
司書の女性には悪いが僕に出来るのはここまでだ。
いつまでも執着の心を残されるより、綺麗さっぱり当たって砕けてもらおう。
警備隊の部屋には辺境地の若者がいた。
隊員の多くは、今日は街中に警戒に出ているそうだ。
そうだよな。
ティモシーさんにお願いしたのは僕だ。
辺境地出身で、この街のことを知らない彼は教会での待機になっていた。
「お待たせしてすみませんでした。 明日にでも出立するつもりです」
「承知いたしました。 移動の許可を申請して準備します」
ニカッと笑うと、すぐに手続きに向かう若者。
待ち兼ねていたんだろうな。
嬉しそうだ。
教会の出入り口でモリヒトと合流。
『ご用事はお済みですか?』
「うん。 嫌なことを押し付けて悪かったな」
『いいえ、こちらは特に問題ございません』
まあ、人間の色恋なんて精霊には通じないわな。
あとは、領主様かな。
僕は宿に戻り休憩することにした。
昨夜から少し緊張してたから、あまり寝てない。
軽くお湯を被って汗を洗い流したら、眠気に襲われた。
ふわあ、昼寝でもするかな。
その前に、領主宛に出立の挨拶の手紙を手短に書き、従業員に頼んで領主館に届けてもらう。
そして昼寝に突入した。
『アタト様』
「ん?」
モリヒトに起こされたのは陽が傾きかけた頃だった。
うーん、よく寝たな。
頭がスッキリしている。
『先ほど、ご領主様から使いが参りまして、夕食にご招待したいと』
僕は今回、この街ではオーブリーさんに色々と迷惑を掛けたから、その詫びのつもりで手紙を出した。
断りたいが無理だろうか。
「オーブリーさんに同行をお願いしてくれ」
ひとりだと色々と不安だ。
『はい』
モリヒトが出掛けている間に眠気を覚そう。




