第二百七十五話・詠唱の本と石棺
美しい詠唱文が並ぶ本。
それを辺境地の蔵書室で見つけ、一つ一つ覚えた。
最初は文字を書く練習用だった。
どんな魔法が発動するのか、何の属性魔法なのか、そもそも使えるのかも分からない詠唱文。
貸してれた司書さんも、子供である僕が使えるとは思っていなかったんだと思う。
発動したのは、闇の属性魔法。
消えた種族であるダークエルフの種族魔法だった。
モリヒトが嫌がるから、あまり使わなくなってたけど。
「よく考えたらさあ。 神官さんたちが使うのは魔法じゃないんだよね」
『神の声』らしきものには魔法の記述はなく、封印や解放の儀式には魔道具が使われている。
そもそも、教会関係者は魔道具を使えるだけの、普通の人たちなのだ。
神職になるためには『光魔法』の適性があれば勧誘されるというだけで、必須じゃない。
「『光魔法』が使えることを前提にしたら、神職に成れる人が少なくなるし」
それこそ魔法が使えるだけで威張り腐る連中が出るだけだ。
だから、厳しい精神的な修練が課されている。
必要なのは民を救う清廉な心なのだ。
魔法、才能、『異世界人』、何かが引っかかる。
「ねえ、オーブリーさん」
「なんだい?」
僕は顔を上げて遠くを見る。
「老神官は本当に『神の声』を聞いたのでしょうか」
「は?。 あの方は貧民街育ちだが大変な勉強家で、神職の厳しい修練に耐え、優秀な成績を納めた偉人だぞ」
僕は胡乱な目をオーブリーさんに向けた。
「それと才能は関係あるんですか?」
優秀だから。 修行に耐えたから、『神の声』が聞けるわけではないはずだ。
ただ、優秀な人だから『神の声』を聞いても不思議ではない。
いや、もしかしたら教会の都合で『神の声を聞いた』と言って、儀式や決まり事を徹底させたのではないか。
あの紙束の資料を読んでいると、あまりにも言葉遣いが古いし、現実に沿っていない場合があった。
教会の古い資料を丸読みしているかのように。
「神ではなく、乱れ切った教会の中を清廉な空間に戻したかった『誰かの声』だったのかも知れないですね」
実際、王都の教会本部は酷かったからな。
「それは、教会ぐるみで一人の神官に才能を押し付けた、ということか」
オーブリーさんは腕組みをして唸る。
「それか。 本人がそう仕向けたのかも」
頭の良い者なら純粋な神職たちを手玉に取ることも出来るだろう。
彼らにとっても都合が良かったから、すんなり受け入れられた。
「王都に行かずにこの街に留まったのも、そのためではないですかね」
神官は元々忙しく飛び回る職だが、貴族出身の司祭などはあまり街には出ない。
下っ端の仕事だと思っているのだ。
その中から才能持ちが出れば疎まれる。
疑われたり、探られたりしたら厄介だし。
だから老神官は王都本部ではなく、この街を拠点にしていたのではないだろうか。
老神官は民にも人気があり、王族にも影響を与える高位神官だ。
「清廉を好む聖職者が嘘など吐くはずがない」
オーブリーさんのように、皆、考える。
「ええ、そうですよね」
でも、どうしても守りたいモノがあったら、生涯、嘘を吐き通したかも知れないじゃないか。
文字通り、老神官はその嘘を墓場まで持っていった……。
すごい人だ。
「アリーヤさん、泣いてました」
オーブリーさんも頷く。
僕はパラパラと紙を捲る。
そういえば、人間だけが消えた町があった。
建物も家具はそのままに。
何で区別したのだろう。
魔力?。 それなら魔道具も消える。
血、息、体温だろうか。
有機物、無機物、含有率?。
僕の手は一つのページに止まる。
「同族を感知し、集める魔法」
自分でやってみた詠唱の実験結果が書き込まれていた。
「一つのモノを取り込み、それに理由付けをして、同じ物を呼び寄せる。範囲内ならば、呼ばれたものは否応無く引き寄せられる」
思い出した。
確か、小さい魔獣で実験したはずだ。
一体の魔獣を取り込み、これと同じ姿の魔獣という指定する。
そして召集。
草原にいた同じ種類の魔獣がたくさん集まって来て、モリヒトに怒られたんだっけ。
「そうだ。 あの時、その魔獣の死骸もあった」
生死なんて指定しなかったからな。
「使える」
たぶん。
僕は息を整えて集中。
「神の慈悲をもって請い願う、一つを選び、仲間を呼べ」
頭の中に浮かぶ選択肢。
これで元を選んで、後はー。
『アタト様!』
モリヒトがいきなり僕の魔力を遮断する。
「グェッ、イテテッ!。 モリヒト、何すんだ!」
無理矢理遮断された魔法は魔宝石を刺激し、僕は激痛に耳を押さえてうずくまる。
『アタト様、その魔法はダメです!』
ああ、闇属性魔法だもんな。
「これなら上手くいきそうなんだよ!」
突然、僕とモリヒトで言い合いが始まってしまう。
「まあまあ」と、オーブリーさんが間に入った。
「喧嘩は良くないよ?」
「分かってます。 でも」
モリヒトが、言い訳しようとする僕を抱えてオーブリーさんから離すと、結界を張った。
外からは全く見えない状態になる。
『説明してください。 何も知らない人間の前で闇魔法を使おうとした理由を』
さすが精霊。 少しはこっちの話を聞いてくれるらしい。
僕は詠唱文を見せた。
「一つあれば、周囲にある同じものを集める魔法だ。 これを使って、大木の根から老神官の死体を引き離す」
魔法での強制移動。
根を含まないと指定すれば影響はないはずだ。
モリヒトは腕を組み、考えるそぶりを見せる。
『元になるモノは何にしますか?』
「僕でいいだろ。 『異世界の記憶を持つ者』と指定すれば」
『アタト様と老神官では種族が違います。 その指定では難しいと思いますよ』
前提条件として、最低でも種族が同じでないと、指定する条件が増える。
それでなくても『異世界の記憶』という曖昧な指定になるのだ。
少しでも違いは少ないほうが良い。
同じ人族で『異世界人』であることが望ましいというなら。
「ヨシローか」
それしかない、とモリヒトは頷く。
「だけど、それだとヨシローに老神官が『異世界人』だとバレる。
はっきり「仲間を呼ぶ」と詠唱するからだ。




