第二百七十二話・姉の心配をする騎士
ティモシーさんはアリーヤさんの何を疑っているのか。
「なんのことでしょう?」
僕は知らないけど。
「そ、そうか。 すまない。 先日、父と姉とアタトくんの3人で出掛けたと聞いて」
自分だけが仲間外れになったと思ったのかな。
そういえば、エンデリゲン王子からアリーヤさんには「『異世界の記憶を持つ者』ではないかとの疑いがある」と聞いたことがある。
そのアリーヤさんに、あの『異世界の記憶を持つ者』の意思を調べる魔道具を継承させた老神官はさすがだな。
誰も調べられない。
いや、待て。
そうなると、アリーヤさん自身が『異世界の記憶を持つ者』だという証拠にならないか?。
なんだか、背中がゾワッとする。
止めよう。
きっと碌でもないことになる気がした。
僕はフッと笑う。
「そんなに大事なことを僕のような異種族の子供に話すと思います?」
いくら年寄り臭くても、昔からの知り合いでもないのにさ。
「あー、うん、悪かった」
分かれば良い。
「失礼しまーす」
気不味い雰囲気をぶち壊してガビーが戻って来た。
「下にヨシローさんがいました」
モリヒトが、テーブルに『ライス』料理を並べていく。
「ヨシローさんが?」
またアイツは何をやってるんだ。
「無料で料理を教えてもらう代わりに働いてるそうです」
厨房には老夫婦もいたらしい。
「へえ」
合理的で人情的だが、たぶん暇だからだな。
ヨシローらしい。
昼食を終えて宿に戻る。
僕は、これから引きこもる予定だ。
「当分、誰も入れるな」
ガビーもだ。
『承知いたしました』
苦いコーヒーをテーブルに置き、モリヒトは室内に結界を張った。
一度書いた文章というものは記憶に残る。
興味が湧いたものなら尚さらだ。
数枚の紙を手に取る。
僕は念のため、ヤバそうな文章については現地語に直していない。
日本語のままだ。
誰かに盗み見られても大丈夫なように。
それは正解だったと思う。
僕は出来るだけ感情移入しないように、第三者として読む。
「まさかね」
嫌な予感は当たるものだ。
ーーーその少年は、王都の貧民街といわれる場所に突然、現れた。
ここが違う世界だと気付いた時には、見ぐるみ剥がされ、殴られ、路上に捨て置かれていた。
少年には違う世界で生きていた記憶があった。
「死んでたまるか」
今度こそ、慎重に生きるんだ。
傷付いた少年は運良く老職人に拾われる。
不思議な老人で、貧民街にいても誰一人、その老人を襲ったりしない。
何故かと訊ねると『異世界人』だからだと言う。
自分もそうかも知れないという少年に、老人は悲しげに言う。
『異世界人』は守られる存在で、誰も手出し出来ないが、その代わりに永遠に監視されながら生きていくのだと。
「ワシが死んだら、コレを持って教会へ行け」
一枚のコインが入った袋を渡されたーーー
これは、老神官の備忘録じゃないか。
普通の子として育った『異世界の記憶を持つ者』の物語。
はあ。
数枚に渡って日本語で書かれた半生。
「いつか、ヨシローの役に立つかも知れないな」
僕は丁寧に纏めておく。
しかし、老神官はこれをどこまで話したのだろう。
墓所で話をした時、店主は老神官が『異世界人』であることは知っていた。
アリーヤさんもだ。
しかし、エンデリゲン王子の話では、ティモシーさんは姉のアリーヤさんが養女だということは知らないという。
下手すると、アリーヤさん本人も出生の秘密を知らない可能性はある。
その上『異世界の記憶を持つ者』だと疑われていることを知ったら。
うわっ、大変。
迂闊に漏れないよう気を付けなきゃ。
とにかく、こうなると早くこの街を出た方がいい。
こんな秘密を抱えたまま、あの家族と一緒にいられるもんか。
僕は立ち上がる。
「墓所に行く」
出来るだけ誰とも接触したくない。
この街での用事が終わるまでは。
『馬車を頼んで来ます』
モリヒトが先に部屋を出る。
僕は部屋を見回し、戻れなかった場合に備えて室内を片付けた。
荷物は紙束のみ。
後は全てモリヒトがなんとかする。
宿の玄関に向かうと馬車とモリヒトが待っていた。
『宿には2、3日戻らなくても心配しないように伝えました』
僕は頷き、馬車に乗り込んだ。
墓所の門で降り、馬車は街へ戻らせた。
門番が驚いている。
「こんばんは、こんな時間にどうされました?」
あー、そうか。 もう日暮れが近い。
とにかく中に入れてもらう。
「しばらく墓所の中で調べ物をしたいと思いまして。 ここ、とても静かで落ち着くので」
そう言って紙束を見せると門番の顔が引き攣った。
「悪さしないでくださいよ」
「あはははは、そんな悪ガキじゃありませんよー」
彼らは門を閉じると近くの見張り小屋に泊まるそうだ。
もし僕に何かあったら、先日一緒だった店主に連絡してもらうように伝え、神官の眠る祠へと歩き出す。
モリヒトがこっそり酒瓶を渡しているのが見えた。
祠の地下に降り、階段の傍の壁にある明かりの魔道具を点ける。
アリーヤさんが香を炊くのに使った台を持って来て、その明かりの下に置いた。
『アタト様、本当にこちらで過ごすのですか?。 健康に良くないと思いますが』
風通しも悪いし湿気も多いので、モリヒトは反対らしい。
椅子を出してもらって腰を下ろす。
「誰の目にも触れず、誰も押しかけて来ない。 最高の環境だと思うけどな」
不気味といえば不気味だが。
僕は、この世界の幽霊なんて怖くない。
いるいない、というより、この世界では聞いたこともないしな。
出て来るとしたら、ゾンビとか火の玉みたいな魔物だろう。
正直、モリヒトがいればどんな魔物が出て来ても平気だ。
室内に仕切りを作ったモリヒトは、野営用のベッドを取り出して設置していた。
僕は本物の『神の声』を探す。
人は、どうしても自分が聞きたい言葉を聞いたつもりになる。
たとえ神職だろうが、自分が思うことがあればそちらに誘導されてしまうのだ。
夕食の準備をしているモリヒトを見る。
そういえば『神様』って『精霊王』より偉いのかな。
闘ったら、どっちが強いんだろう。
ふと、そんなことが気になった。




