第二十七話・祭りの日の動き
翌朝、まだ薄暗いうちから市場は動き出す。
町中をよく知らない僕はワルワさんの準備が終わるのを待つ。
「待たせたの」
ワルワさんは朝食を詰めた手籠を下げていた。
どうやら広場で落ち着いてからの朝食になりそうだ。
『わたくしが持ちましょう』
今日はモリヒトもフード付きローブを着ている。
「すまんな、モリヒトくん。 広場には先にバムが行っとるから場所は分かると思うが」
ヨシローが手配してくれた場所は、町の中心の広場から海へと向かう通りの端。
今日は警護を兼ね、バムくんが手伝いに来てくれることになった。
『ええ、昨夜のうちに干し魚の入った袋はお渡ししましたので、もう準備は終わっているでしょうね』
ワルワさんと手籠を下げたモリヒト、そしてタヌ子を抱いた僕の三人で祭りの広場に向かって歩き出す。
タヌ子に留守番をさせようかとも思ったが、今日は何時に帰れるか分からない。
全員外出で、誰もいない家に長時間タヌ子だけにするのはかわいそうなので連れて来た。
そのため今日のタヌ子は首輪をしている。
ワルワさんが作った『魔力封じ』らしい。
「子供とはいえ魔獣じゃからな。 しかも今日は大勢の人間がいる。 中には魔獣の脅威を知らない幼子や見ただけで怖がる者もいるじゃろう」
首輪が見えれば誰かの監視下にあることが分かる。
少しは安心してもらえるということか。
「助かります」
首輪に僕の魔力を纏わせたので、タヌ子も嫌がってはいない。
広場に着くとすでに人で溢れていた。
僕が口を開けて驚いていると、
「地元住民は他所からの客が来る前に目当ての物を買い付けて行くんじゃ。 ぼやぼやしとると売り切れるぞ」
と、言われた。
慣れた売り手は住民用と客用とで時間を分けて販売することもあるそうだ。
出来るだけ良い物を買おうとする者と、少しでも高くたくさん売ろうとする者。
「人族は逞しいというか、何だか世知辛い話ですね」
「どちらも同じ人間じゃよ」
わははは、とワルワさんは笑う。
バムくんのいる場所に着いた。
「おはようございます」
「お、おはよーございまっす」
緊張するバムくんの隣には私服姿のティモシーさんがいた。
動きやすい私服とはいえ、高い背丈と鍛えた体に隙のない姿勢。
どうみてもガチの護衛じゃないか。
「売れ行きはどうかね」
バムくんは、ワルワさんの陰に隠れるようにティモシーさんから距離を取った。
「へえ、まずまずっす」
海が近い割に牧畜が盛んな町なので、地元料理は魚より肉が一般的だ。
「もう少ししたら漁師さんたちが海から戻って来るので、勝負はそこからでしょうね」
ティモシーさんは案外商売っ気があるなと思ったら、
「実家は王都に近い町の食料品屋です。 今でも両親は市場で店を出してますよ」
ということらしい。
色々な事情があって教会警備隊に入ったが、実家の手伝いはたまにやらされているそうだ。
テントというにはお粗末な日よけ程度の布が張られ、干し魚を乗せる台も組合からの貸し出しで、どこかからか持ってきた木箱に布が掛けてある。
それでも周りと変わらないのだから、これはこの辺りの普通なのだろう。
昼に近くなり、ポツポツと漁師らしい人たちが干し魚を見ている。
「やあ、坊ちゃん」
「こんにちは。 無理を言ってすみません」
漁師のお爺さんにちょっと頼んで来てもらった。
「魚醤の小瓶、一つ追加でっしゃろ。 大した事ありやせんよ」
モリヒトが小瓶を受け取り代金を払う。
「ほお、これが坊ちゃんの連れですかい。 立派なもんだ」
お爺さんはしげしげとモリヒトを見ていた。
「じゃ、わしも買って帰ろうかな」
「ありがとうございやすー」
バムくんがテキパキと対応している。
お礼にお昼は干し魚を焼いてやろう。
朝食はワルワさんの持ち込みだったが、昼は祭りの屋台から適当に買って来て自分のテントで食べる。
「バムさん、休憩してくださいね」
「ありがとうございやす、アタト様」
様付けなんてしなくていいのにな。
モリヒトにテントの後方で小さな竈を作ってもらい、干し魚を炙る。
ヨシローが簡易な台と適当な丸太を椅子にして、休憩所を用意してくれた。
「わしにもくれ」と漁師のお爺さんもテントに入って来る。
「買っていただいた干し魚をここで炙りますよ」
と、宣伝がてら魚醬を垂らす。
うん、香ばしい香り。
「たまらんなあ」
お爺さんがうまそうに魚に食らいついた。
客の対応をワルワさんに任せて、バムくんに屋台で買ったパンと炙った干し魚を渡す。
「これ、初めてだけど、うまいっすね!」
バムくんも気に入ってくれたようで、さっきからパンそっちのけで魚ばかり食べている。
『一応小骨は抜いていますが、たまに漏れがあります。 喉に刺さらないよう気を付けてください』
「ぐほっ、ごほごほっ」
フードを深く被ったモリヒトに急に話し掛けられたバムくんが慌てて咳き込む。
僕は白湯の入った水筒を渡してやる。
ティモシーさんはテントの脇で、巡回中の警備隊の若者たちに干し魚の試食を振る舞っていた。
「本当に美味しいですね」
新鮮で、しかも魔力が高い魚だからな。
警備隊員たちが大量に買い込もうとするのをティモシーさんが待ったをかける。
「今日は祭りなんだ。 住民たちにも食べてもらわないといけないからね」
後日、教会から改めて注文をしてもらうことにした。
「この漁醤というのも買えるのか?」
目ざといティモシーさんの同僚が小瓶を持ち上げて訊く。
「それはこちらの漁師のお爺さんから譲ってもらいました」
と、紹介すると、警備隊員と漁師のお爺さんの間で交渉が始まる。
「今はまだ数が足りやせん」
困ったお爺さんが僕を見るけど、先日納品した小魚が魚醤になるのはまだまだ先である。
「じゃあ、納品出来るようになったらすぐに言ってくれよ」
そう言って隊員たちは祭りの警備に散って行った。
その後、匂いに釣られたのか、警備隊の若者の様子を見たせいか、干し魚は順調に売れる。
漁師のお爺さんは買い損なった住民たちに後日、漁港でも販売することを約束していた。




