第二百六十九話・図書室の資料の整理
「何を調べているんですか?」
ガビーが訊いてくる。
んー、なんて言えばいいのか。
例えば、人族は亡くなったら魔力はどうなるのか。 肉体を失くしたら魔素はどこへ行くのか。
「それに関する神の言葉を書いたものがあればと思ってね」
『神の声を聞く』という才能持ちだった神官様がいたんだから、何かあってもいいと思うんだ。
そんな話をしていたら、何故か僕たちの近くにいた司書の女性がピクッと反応した。
「あのぉ」
顔を赤くした女性司書さんがモリヒトに話し掛ける。
『何か御用でしょうか』
モリヒトは無表情で答える。
「昨年お亡くなりになられた神官様のことをお調べでしょうか」
僕はそんなに大きな声で話していたはずないんだけどな。
周りには割と人もいるし。
僕は無視してモリヒトに対応を任せた。
『はい。 お坊ちゃまが神官様を大変尊敬していらっしゃいまして、関係する文献がないかと探しております』
お坊ちゃま扱いされちまったよ。
「そ、それでしたら、こちらに」
おや。 案内してくれるらしい。 モリヒトを。
『お坊ちゃま』
へいへい。
「なあに?」
僕は子供っぽく振り返る。
案内されたのは、図書室奥の別室だった。
「亡くなられた神官様は『異世界の記憶を持つ者』の皆様を研究、支援されておりまして。 こちらは、その資料室になります」
「うわあ……」
『異世界』に関する文献、『異世界の記憶を持つ者』が作成したと思われる魔道具や生活用品が並んでいた。
ヨシローが見たら泣いて懐かしむような絵や、小物まで。
ドキドキしながら見て回る。
しかし、紙の文献や展示品には直接手を触れないように透明の結界箱の中に設置されていた。
「ねえ、お姉さん。 この資料を読むことは出来ないの?」
「えーっと、それはー」
ハッキリしないな。
僕はモリヒトに目配せする。
諦めたように一つため息を吐き、モリヒトが女性司書に話し掛けた。
『申し訳ありませんが、この資料は大変貴重なものだと思われます。 それならば他に写しか何か、ございませんか?』
「あ、はいっ、ございます!」
モリヒト、偉いぞ。 よくやった。
その部屋にある応接用のテーブルに座り、待つことしばし。
「こちらになります」
一抱えの紙束をテーブルの上に置き、女性司書は埃を払う。
「ゴホッゴホッ」
「ああっ、すみません!」
女性司書が慌てて、高い位置にある小さな窓を開ける。
モリヒトが腕を一振りして埃を室内から除去した。
女性司書は益々モリヒトを熱い視線で見つめている。
展示品はきちんと製本されていたが、こちらはただ書き写しただけの紙束で、乱雑な状態。
「申し訳ございません。 一応全て書き写したのですが、意味が分からないものも多くて」
まとめる作業が滞っているらしい。
「これ、僕が読みたいところだけ書き写させて頂いてもよろしいですか?」
女性司書は僕たちが資料を見たいだけだと思っていたようで、目を丸くする。
「あ、では、確認して参ります」
うん。 やっぱりそうなるよね。
「よろしくお願いします。 その間に、僕は少し整理しておきます」
女性司書が部屋を出て行った。
さて、やりますか。
僕は乱雑に置かれた紙束に片っ端から目を通す。
「アタト様、お手伝いします!」
ガビーはやる気なのはいいが、役に立ちそうにない。
「じゃあ、悪いけど何か食べ物を買って来てくれないか。 たぶん、ここで食べるのは拙いだろうから見つからないようにね」
図書室は飲食禁止だと思うが、結界で分けてしまえばいい。
「はい、何か摘めるものを買って来ます!」
ガビーがパタパタと部屋を出て行く。
『アタト様、お飲み物をご用意いたしましょうか?』
モリヒトが気を使ってくれるが、僕は首を横に振る。
「ガビーが戻ってからでいい。 まあ、都合の良い菓子があるか、分からないけどな」
こんな場所でうっかり溢したりしたら怖い。
それに。
「ここの神官さんたちにはあまり良く思われてないかも知れないしね」
先日のアリーヤさんを連れ出した件を根に持たれていて、追い出される可能性もある。
女性司書が戻って来る前に少しでも目を通したい。
僕は、それ以上は時間を惜しんで集中した。
モリヒトはいつの間にか、誰も邪魔しないように室内を結界で包んでいた。
サッサと中身で分けていく。
「これは食材と料理か。 こっちは魔道具の材料。 後は歴代の『異世界の記憶を持つ者』の出現場所か」
一通り見て分かったが、老神官はかなり悪筆だ。
たまに読めない文字がある。
「ん?。 もしかして」
これ、日本語かも、という文字が出て来た。
コレはヨシローに見られたら拙い。
日本語が混ざっている紙だけを抜き出していく。
「なんてこった」
抜き出した紙は僕が探していたものだった。
老神官は『神の声』を日本語で書き留めていたのである。
おそらく、この世界の者には読めないように、暗号として扱っていたのではないかと思われた。
『アタト様、教会関係者が来ました』
モリヒトの声に僕は頷く。
紙束を整理して並べていると乱暴に扉が開いた。
「な、何をしておる!。 ここは大切な資料室なのだぞ」
頭の固そうなオッサンである。
後ろから女性司書がオロオロしながらついて来た。
「お邪魔してます。 先日、ご迷惑をお掛けしたお詫びに、資料整理のお手伝いをさせて頂いてます」
ニコリと笑うとオッサン神官がハッとした。
僕は立ち上がり、魔法解除の詠唱をする。
「我は神の慈悲に乞い願う。 力を納め、我を解放せよ」
シャランと魔宝石の耳飾りが揺れ、エルフの姿に戻った。
僕に合わせて、モリヒトもエルフの成人男性の姿へと変化する。
「偉大なる老神官様に敬意を表し、資料の閲覧と整理の協力を申し出た」
子供らしくない低い声で話す。
「は、ははあっ」
日頃からアリーヤさんの威光を笠に着ている連中である。
エルフを見て震え上がった。
「私が資料に触れることに何か問題があるか?」
モリヒトから威圧を掛けさせる。
「ヒッ、こ、ここから持ち出さないとお約束頂ければ問題ございません」
じゃ、そういうことでヨロシク。




