第二百六十七話・墓所の下の哀しみ
僕はアリーヤさんの父親である店主の顔を見た。
店主はゆっくりと頷く。
老神官の件は内密にされたが、街の住民からの激しい抵抗を受け、教会本部のアリーヤさんへの催促は止まっているそうだ。
しかし、街の人々の心配はなくならないので、このまま墓所の魔素を放置しておくことも出来ない。
そのため、オーブリーさんが兄である領主と相談し、新しい墓所をいくつか作って分散してくれたそうだ。
「新しい墓所が整備されましたので、ここはこれ以上、棺は増えませぬ」
老神官の仕事は終わったのだ。
もっと早く新しい墓所の整備がされていたなら。
あの時、王都から無茶な要求が来なければ。
「我々は、老神官様が『異世界人』だと知ることもなく、老神官様も安らかに眠れたでしょう」
僕は最初の疑問に戻る。
「普通の『異世界人』の埋葬はどうなっていますか?」
「その土地によって異なりますが。 神の指示により『海に沈める』というのが多いです」
出来るだけ沖に流したり、火葬して灰を海に撒いたりすることもあるそうだ。
つまり、神は『異世界人』の遺体を人々の目から隠し、魔素を無効化する能力を知られないようにしていた。
「では、老神官様を解放するというのは、どうすれば良いのでしょうか?」
親娘は首を横に振る。
「私には分かりません。 ただ、このようにいつまでも石棺に閉じ込めておくのは哀し過ぎます」
アリーヤさんの気持ちは分かる。
日本食を好んでいた老神官は、おそらく元日本人だろう。
同郷の僕としても、腐敗しないまま棺に縛られる同胞は見たくない。
これじゃ、ミイラか即身仏じゃないか。
神職としては正しい姿かも知れないが、永遠は長過ぎる。
「しばらく時間をください」
僕に何が出来るか、考えたい。
「はい。 勿論でございます。 よろしくお願いいたします」
親娘は僕に対して深く礼を取る。
戻りに墓所の門番に挨拶がてら、これから僕が一人で何度か訪れる許可をもらう。
「アリーヤさんにそう言われましても」
門番の顔は険しい。
街の住民でもない子供が出入りするのは怪しまれるよな。
『私が付き添いますので』
フードを下ろしたモリヒトがイケメンの顔で微笑む。
「ま、まあ、大人が一緒なら良いでしょう」
門番が顔を赤くしてウンウンと頷く。
まー、そーなるだろーよ。
馬車で宿まで送ってもらった。
「お帰りなさいませ。 お連れ様はすでにお戻りですよ」
ティモシーさんが付き添っているらしい。
まだ体調悪いのか。
「ご迷惑をお掛けしました」
僕は礼を言ってヨシローの部屋に向かった。
「失礼します」
「やあ、アタトくん、モリヒトさん、お帰りなさい」
ティモシーさんとヨシローがお茶を飲んでいた。
「お元気そうですねー」
「あはは、心配掛けてごめんな」
ヨシローは頭を掻く。
もう心配いらないようなので、僕は部屋に戻ることにした。
「では」
「あ、アタトくん。 ちょっと相談があるんだけど」
「はい、なんでしょう?」
ヨシローは真剣な顔で、
「あの『異世界人』の料理を作れる人を辺境地で雇いたい!」
と、訴えてきた。
はあ、気持ちは分かるけど、あの店にとって腕の良い料理人や『異世界』の調理方法は秘匿されていないのか?。
「調理方法は問題ないよ。 『ライス』の販売促進のために公開しているから」
そういえば、王都店で調理方法を書いた紙をもらったな。
「でも、料理人の引き抜きはダメだろ」
ティモシーさんの言い分はもっともである。
ショボンとするヨシロー。
僕としても、あの料理が辺境地でも食べられるのは嬉しい。
「あのー、ティモシーさん。 あの料理の仕方を習うのは可能ですか?」
万能眷属のモリヒトでも知らないことはある。
「うーむ。 確認してみるけど。 たぶん店の営業時間外なら大丈夫ではないかな」
後日、連絡をしてもらうことになった。
「モリヒトさんが覚えるの?」
僕はモリヒトを見上げる。
『アタト様のご命令とあれば』
あ、これアカンやつ。
「たぶん、二、三日すればガビーたちが追い付いて来るから話してみるよ」
ガビーなら二つ返事で引き受けてくれるだろう。
「分かった」
ヨシローも頷いた。
翌日から僕は街の図書室に行って、この世界の棺や墓所の事情について調べていた。
ヨシローは毎日食堂に通い、腕の良さそうな料理人を探している。
2日後の夕方、ガビーたちドワーフ一行の荷馬車が宿に到着した。
「待ってたよー、ガビーちゃーん!」
ヨシローが出迎えに駆けて行った。
「きゃあああ!」
ドーンッ、と音がして、ヨシローが吹っ飛ばされる。
「いくら『異世界人』でも若い娘に抱き付こうとするのは許せんな」
ロタ氏、カッコイイ。
「す、すみませんー」
まあ『防御』の魔道具を持たせてあるので怪我はない。
宿の壁に関してはモリヒトに修復を頼んだ。
今回、辺境地に向かうドワーフ一行は5名。
ロタ氏、ガビーとスー。
そして行商見習いの少年と工芸師修行中の女性である。
ドワーフの少年はまだ髭が無いので子供だと分かるが、女性に関しては背丈や顔だけでは年齢は分からない。
「20歳ですぅ」
幼児体型のスーや、男性にしか見えないガビーとはまた別の、肉感的な容姿をしたドワーフの女性。
ドワーフ特有のチリチリ巻き髪に筋肉の付いた手足。 黒に近い髪と白いが健康的な肌色、背丈はガビーとスーの中間くらいだ。
「アタトです。 よろしくお願いします」
「へえ」「はーい」
新入り2名と挨拶を交わす。
ジロジロ見られるのは仕方ないが、あまり気分は良くない。
「本当にエルフなの?」
ガビーたちとコソコソ話しても聞こえるぞ。
夕飯時、宿の食堂でヨシローがさっそくガビーに頼み込んでいる。
「料理ですか?」
「うん!、ぜひ覚えてほしい料理があるんだ。 この街の食堂で教えてもらえることになってる」
「はあ」
ポカンとするドワーフ娘の横から声が聞こえてきた。
「それ、私たちではダメでしょうか、ヨシロー様」
夫婦で引退して一緒に辺境地に向かっている、辺境伯家の元侍女である。
辺境地で食堂でも始めようかと思っていたらしい。




