第二百六十三話・試食の料理と薬草茶
試食が用意されていたのは、厨房だった。
「温かいほうが良いかと思いまして」
なんと、料理人はアリーヤさんである。
「両親が忙しかったので、食事の支度は私の仕事だったんですよ」
今でも自宅には使用人を置かず、護衛に警備隊員が出入りしている。
アリーヤさんの手が回らない時は母親である祖母が手伝いに行くそうだ。
さすが、人気者だけあって危機管理が出来ているというか、他人は信用出来ないというのもあるんだろうな。
献立は焼き飯、パエリアっぼいもの、米粉を使った麺のスープである。
「アタトくん、これ美味しいよ!」
三つの器を抱えて嬉しそうにヨシローが笑う。
ハイハイ、良かったね。
僕はアリーヤさんに訊ねる。
「これは『ライス』を生から炒めてますか?」
焼き飯を指差す。
パエリアっぽいのは生から炒めて味付けしたもの。
スープの麺は小麦粉と同じようにした米粉を伸ばして作っているようだ。
この世界にも小麦粉を使ったパスタっぽい麺料理はある。
食堂でも普通に出て来たし。
「煮てから蒸します。 少し手間が掛かりますけど」
それって『炊いてる』な。
『米』を鍋で炊くには、水に浸して吸水させたら適量の水で煮込み、水気が無くなったらそのまま蒸らす。 つまり蒸すのだ。
「その煮て蒸しただけの、味付けしていない『ライス』はありますか?」
「ええ。 でも本当に味は無いですよ」
湯気をたてた白い粒々が皿に乗って出て来る。
「ご、ごはん……」
語呂を失ったヨシローがフラフラと近付いて来た。
物欲しそうなヨシローの器に少し分けてやる。
「素の味をみたいので」
そう言って、添えられたスプーンで掬う。
うん、固めだけど『ご飯』だな。
少し細いし、色も黄色味が強い。
水田で作る水稲ではなく、陸稲かな。
文字通り陸で、つまり畑で作る稲である。
「葉の部分が家畜の餌に最適らしく、畜産の盛んな国で作られています。 実の方は収穫は少ないようですが」
店主が説明してくれた。
ヨシローが噛みしめながら微妙な顔をしている。
味は、まあ僕も同じものは期待していない。
それなら味を付ければいい、ということで調理されているんだろう。
だが陸稲は粘り気が多く、餅や菓子に向くんじゃなかったかな。
「ありがとうございます。 これの仕入れの方はお任せします」
ジェダ父はホッとした顔になる。
テーブルに移動して、契約書に改めて署名。
魔法が発動したものをお互いに交換する。
次は、こちらからの納品の相談。
「王都店で頼まれたものがありまして」
「ああ。 茶葉でしたね」
店主と担当者が頷く。
辺境地は茶葉の産地として知られている。
茶器を借り、モリヒトに淹れてもらう。
「これは僕が幼い頃に養い親のエルフの長老が作ってくれた物です。 滋養に良い薬草茶で、辺境地では薬師や医療関係者に卸しています」
基本的には薬であることを強調する。
以前、辺境地で病が流行ったことがあり、その時に活躍した。
「症状に応じて濃さを変えるそうです。 慣れないうちは薄めて飲んでください」
「お、アタトくんの薬草茶。 久しぶりだー」
ヨシローがゴクゴクと飲み干す。
「このように、たくさん飲んでも特に体に影響はありませんが、魔力を含むため、お子様には少量でお勧めしています」
体に必要な魔力を整える効果があり、幼い子供でも大量に摂取しなければ害は無いそうだ。
大人なら疲労回復に即効性もある。
「ただ、希少なエルフの森の薬草を使用しているので、お高いです」
僕は、ニコリとヨシローに微笑む。
「そうだったの?、知らなかった」
ヨシローは治験に協力してもらったし、今さらだけどな。
見積書を店主の前に差し出した。
薬草の採集には天候が影響すること。 エルフの森に入るためには、僕でもかなり慎重になることを伝える。
「それで、この値段……」
辺境地の薬師に対する卸値ではなく売値、それに送料を加えている。
「納期も数量も安定しませんし、地元の医療関係者を優先して納品します。
それでも良ければ、ということになりますね」
「分かりました。 こちらとしては是非、納品をお願いしたい」
価格は安いくらいだそうで。
「実は、コレについては」
大事なお願いがある。
「納品はしますが、一般に販売はしないでください」
「は?」
店主とその部下がキョトンとする。
僕は王都店の様子を伝える。
「僕が薬草茶を納めるのは、僕の商売のためにご協力頂く店員さん用だからです」
「店員用だと?」
僕は「はい」と頷く。
元々、一般に販売出来るほどの量は納品出来ないのだ。
それならお世話になっている方々に飲んでほしい。
店主と担当者が首を傾げた。
「だから、これは卸値ではなく、私からこの店への販売価格なんです」
「仕入れではなく、買い取りですか」
「ええ。 ですから、この店が買った後、どう扱うかは自由です」
高値で売ろうと、家族で飲もうと構わない。
「しかし、それを飲んだ人からの苦情に関しては、私からではなく他の方からの入手なので、こちらは対応しません」
責任は僕ではなく、渡した者にある。
それが何を意味するのか。
元々、僕には売る気がない。
この店で販売すればエルフの薬草茶は人気商品になるだろう。
しかし、在庫がない、次の入荷も未定。
それでは店の信用にかかわるのだ。
王都でのスーの毛玉騒動と同じである。
「そんな品物は店には出せませんよね」
「ううむ」
騒ぎになれば店や店員、常連客にも迷惑が掛かってしまう。
店主と担当者は揃ってため息を吐いた。
僕としては店主をはじめ、店で働く皆のためになればいいだけ。
「では、店の休憩室に置くことにしますか」
「そうだな」
店主と担当者が頷く。
条件は了承され、契約書を交わした。
今は手持ちの茶葉が少ないため、後日ドワーフの行商人に配達を依頼することを伝える。
「皆さんも大変お疲れのようですから、これを飲んで疲れを癒してくださいね」
本当に疲れた顔してるけど大丈夫?。
モリヒトがお代わりを注ぐ。
「美味しい……」
しみじみと言われても、これ以上は売れませんよ。




