第二百六十二話・食料品店の客として
ゴクリッとオーブリーさんが息を呑んだ。
「すまない、アタトくん。 キミはやはり……」
それだけ言って口を閉ざしてしまう。
僕は首を傾げる。
「なんでしょう?」
「いや、なんでもない」
オーブリーさんの無理矢理に作った笑顔に戸惑う。
あまり他の家の問題に顔を突っ込んでも仕方ないので、僕はただ微笑み返した。
一旦、宿に戻って身支度し、ヨシローと一緒にオーブリーさんの迎えの馬車に乗る。
「アリーヤと娘たちは先に店に置いて来たよ」
オーブリーさんは、ここの領主の弟に当たる。
馬車は御者も含めて中位貴族である領主家のものらしい。
街の中央から西に向かうと2階、3階建ての建物が並ぶ商店街。
市場はその裏通りにあり、布張りのテントが軒を並べていた。
活気があり、人通りも多い。
僕たちは人間に偽装し、モリヒトはフードを深く被る。
モリヒトは背が高いため目立つけど、人混みで気配を消していると揉みくちゃになるので黒メガネは掛けていない。
見事に人が避けていき、歩き易くて助かった。
道の両脇にテントが並ぶ。
「隊長さん、これ、持って行きなよ」
「おや、オーブリー隊長!。 奥さんに買ってっちゃどうだい?」
あちこちから声が掛かる。
「あー?、バカやろう。 お前んとこで買ったら義親父さんにどやされるわっ!」
笑い声も賑やかで、雰囲気も悪くない。
歩いているだけでも楽しいな。
「アタトくん、こっちだ」
食料品が並ぶテントの店内を抜け、奥の扉を開くと、途端に静かな屋内になる。
長い廊下が目の前に現れた。
なるほど。 こうやって店と住居が繋がっているのか。
それなら最初から住居の方の入り口から入ればいいのでは、と思ったが。
「店が開いてる間は住居にはほとんど人がいないからな」
家族か、帳簿管理の店員くらいしかいないそうだ。
どんなに強い者でも多勢に無勢ということがある。
市場側なら、周りの店や通行人の目もあるし、いざとなれば助けてくれる。
防犯のためにも住居側は、営業中は締め切っているそうだ。
「失礼します」
案内された部屋には老夫婦がいた。
「この店の店主夫妻だ」
オーブリーさんに紹介されて、ヨシローと共に簡易礼を取る。
「初めまして。 娘家族と息子が大変世話になっているそうで、ありがたく思います」
「辺境地から来ました。 お目にかかれて嬉しいです」
ヨシローが夫妻の前に出て握手する。
僕とモリヒトはおとなしくヨシローの挨拶が終わるのを待つ。
廊下から賑やかな子供の声が聞こえてきた。
扉が叩かれて間も無く開く。
「ごめん、ちょっとチビさんたちが離してくれなくてね」
入って来たのは姪っ子たちに服を引っ張られるティモシーさんだった。
「後は任せるぞ」
「はい、承知いたしました」
入れ替わりにオーブリーさんが仕事のため退室して行く。
子供たちが手を振っていて、とても愛らしい。
そんな中、ヨシローがまだ店主の手を握っている。
「本当に感謝しかありません!。 『米』は俺にとっては必需品、命と言ってもいいくらいですから!」
いやいや、ヨシロー。 アンタ、こっちの世界に来てから三年以上、経ってるし、命は大袈裟過ぎる。
「ヨシロー、それくらいで」
一人で『米』の話で盛り上がるヨシローにティモシーさんが止めに入った。
店主夫婦も苦笑している。
「アタトくん、交渉はこれからかな?」
小声でティモシーさんに訊ねられ「はい」と頷く。
「ヨシロー、別室に『ライス』料理の試食を用意してあるそうだ」
ティモシーさんがヨシローに声を掛ける。
「おおー、それは嬉しい。 ぜひぜひ」
うまく連れ出してくれた。
僕はティモシーさんにそっと感謝の礼を取る。
静かになったところで、僕は改めて店主夫妻に挨拶した。
「私はアタトと申します。 これは私の使用人のモリヒトです。
辺境地ではティモシー様には大変、お世話になっております。 その上、アリーヤ様にも色々と無理をお願いいたしまして、申し訳ございませんでした」
モリヒトと二人で礼を取る。
「存じております。 私共こそ、エルフ様の温情を賜り、心より御礼申し上げます」
店主夫妻に、より深い感謝の礼をされた。
ありゃ?。 エルフなんて商売には不要な情報だと思って黙ってるつもりだったんだが。
しかし、持ち上げ方が半端ない。
商売相手にそこまで下に出なくてもいい気がする。
「あー、いえ。 種族は関係ありませんので。 今回は取引のお願いに参りました」
魔力で脅す気はないぞ。
「確かに、さようですな。 少々お待ちください。 当店の取引担当を呼びます」
店主は元教会警備隊隊長だそうで、体付きが完全に兵士である。
奥さんはごく普通の体型の女性だが、二人とも孫がいる年齢なので、髪には白いものが混ざっていた。
担当を呼びに行くのか、奥さんが退室する。
「失礼いたします」
店主より少し若い、契約担当の中年男性が入って来た。
細身だが、こちらも身のこなしがなんとなく軍人ぽい。
「先日、息子のジェダトスがお世話になったようで、ありがとうございました」
と、挨拶される。
「あー、あの時の」
王都に向かう途中でアリーヤさんが加わった時、この街の教会警備隊からティモシーさんの友人が同行してくれた。
それが騎士ジェダトス、ティモシーさんの幼馴染である。
「実は私、オーブリーの前任でして。 今はこちらの店で、のんびりと交渉事を担当しております」
は?、つまり前の教会警備隊隊長だ。
この世界、辺境伯家といい優秀な脳筋が多い。
体を鍛えるのが当たり前だから、隊長にはそれ以上を要求されるという事か。
「よろしくお願いします」
握手をして、ようやく皆でテーブルに着く。
運ばれて来たお茶を避けて、王都店で貰った注文書の控えを取り出す。
店主は緊張気味だが、ジェダの父親は物腰柔らかく対応してくれる。
「はい。 間違いなく、この価格でお引き受けいたします」
ジェダ父が頷く。
「ありがとうございます」
「それでは、お待ちかねの試食に行きましょうか」
皆が立ち上がり、別の部屋に移動する。
賑やかな声が廊下にまで響いていた。




