第二十六話・準備のための相談
明日からの祭りに参加してほしい。
そんなことを領主親子から依頼された僕。
一応、考えてみると答えて領主館を出る。
馬車には乗らず、近所にある例の喫茶店に向かって皆で歩き出した。
先頭はヨシロー、最後尾はワルワさん。
モリヒトが姿を消したので、フードを深く被った僕の隣にはティモシーさんがいる。
「後で仕事斡旋所に行くかい?」
丁寧な言葉遣いを止めたティモシーさんに、僕は首を横に振った。
「いえ、そんなに早く人を見抜く目は持ちませんから」
今日会ってすぐに即決なんて芸当、僕には出来ない。
「じゃあ、うちの喫茶店から誰か一人出そうか?」
僕とティモシーさんの前を歩いていたヨシローが振り向いて提案してきた。
「ご遠慮いたします」
開店したばかりの店から引き抜きなんて拙いだろうが。
店に到着すると、ヨシローが教育したという若い店員たちが明るく声を掛けてくる。
いつもの席に案内された。
ここにいると、また領主令嬢が飛んで来そうだと警戒していたら、
「ケイトリン嬢なら祭りの準備で、今は気軽に動けないと思うぞ」
と、ワルワさんがお茶を注文しながら言う。
この時期は領主館にも客が多いらしく、彼女も対応で忙しいそうだ。
それなら、わざわざエルフに会わなくてもいいのに。
僕はブスッと不機嫌そうにコーヒーを頼む。
見知らぬところに来たタヌ子は僕の膝の上でキョロキョロしていた。
「それじゃあ、明日はどうするんだい?」
騎士服のマントを外したティモシーさんは紅茶とクッキーを頼んで、改めて僕に訊いた。
「そうですね。 干し魚が実際に売れるのかどうかが気になります。
もっと時間があれば良かったんですが」
ただの売り子とはいえ、珍しい品を扱うとなればそれ相応の経験や度胸がいる。
町の外から来る見知らぬ人々にも臨機応変な対応が出来る者など僕には見分けられないし、そんなデキる人物が暇なはずはない。
「一番はアタトくんやモリヒトさんに信用されることだろうけどね」
ケーキを味見のようにチマチマ味わって食べながらヨシローが正論をぶっ込んできた。
分かっとるわ、そんなこと。
同族であるエルフたちに村を追い出された僕が、知らない人間をどうやって信じることが出来るというのか。
「自分の目が信じられないなら、信じられる誰かが推薦する人を雇えば良いと思うけど」
ヨシローは自分が推薦すると手を上げながら言う。
いやいや、だから違う世界から来たヨシローを信じていいのか分からないんだよ。
「ワシでよければ店番くらいするぞ」
ワルワさんは、祭りの間は魔獣を持ち込む者もいないため暇らしい。
んー。 ワルワさんなら良いのかな。
「どうせ、一日の辛抱じゃろ」
『ワルワ様なら、客も安心でしょう。 後日、買った人からの評判も伺い易いと思います』
姿を消しているモリヒトの声が聞こえる。
売りっぱなしではなく、きちんと後の対応も望める点でもワルワさんはアリなんだろう。
ゆっくりと考えながらコーヒーを飲む。
やはりブラックでも美味しい。
エルフの子供にも害はなさそうで助かる。
「分かりました。 ワルワさんにお願いしようと思います」
但し。
「必ず補佐を付けて下さい。 例えば、バムくんのような若者に手伝わせること。
それが条件です」
当然、僕やモリヒトも近くで見守るつもりだが、高齢であるワルワさんに無理をさせたくはない。
僕たちは、そのまま詳しい打ち合わせに入る。
急な無茶振りだったから準備する時間がない。
「場所取りは任せて」
ヨシローは、この町の商人組合のような組織に顔が利くそうだ。
おそらく、それは騎士のティモシーさんや領主の後ろ盾があるからだろう。
こっちが用意するのは干し魚だけで、台などの備品はその組合から借りることにした。
どうせ売り物はそんなに数は用意してない。
「今から良い場所が取れるとは思いません。 隅っこで結構ですから、無理なお願いはしないでくださいね」
ヨシローには釘を刺しておく。
こちらの印象が悪くなることはやめてほしい。
「そうだね。 初めての商売だし、目立たない場所のほうが客もゆっくり捌けるから楽だと思うよ」
ティモシーさんもヨシローをきっちり牽制してくれた。
「そっか、そうだね。 アタトくんが商売は初めてなんだってこと忘れてた。
じゃ、すぐ手配して来るから待ってて」
せっかちなヨシローが店を飛び出して行った。
ワルワさんもティモシーさんも苦笑しながら止めようとはしない。
これが日常茶飯事なのだろう。
「ヨシローは悪気はないんじゃ」
「ええ、それは分かります」
おせっかいというか、困ってる人を放って置けないお人好し。
その点はワルワさんも同じか。
ふいに店のお品書きが目に入った。
以前来た時には無くて不便だと思ったが、祭りで人出が増えるから対処したのかな。
「これは何て書いてあるの?」
店の若い店員さんが説明してくれる。
「サナリ様が作ってくださって、分かり易いって評判なんですよ」
これも異世界知識になるんだろうか。
いや、世間をひっくり返すようなモノじゃなければ大丈夫なんだろう。
この町の文字はエルフの使う文字とは違うようだ。
店の看板や目印の案内板。
前に来た時は全く気付かなかった。
『エルフが使う文字は古代文字ですからね』
元々は同じ系列らしい。
『今でも人族とは口語は近いですが、文字自体は昔とはずいぶん変わったようです』
窓の外を眺める。
どの商店も文字ではなく、扱っている商品や商売の内容、例えば宿屋ならベッドを図案化したものを掲げていた。
文字を知らない子供や他言語圏の者でも分かるように、かな。
「ワルワさん、どこかに本はありませんか?」
僕は文字を覚えたいが、確か、この町には本屋は無かった。
「本なら教会に蔵書室というのがあるぞ」
図書館みたいなものだろうか。
「私が付き添えば貸し出しも出来るよ」
あー、ティモシーさんは教会所属の警備隊だったな。
「それはぜひ、お願いします」
祭りが落ち着いてから連れて行ってもらえばいいかな。
楽しみだ。




