第二百五十五話・移動の準備をしよう
さて、今日は移動だ。
「荷物はどちらに?」
僕とモリヒトは家令さんに案内されて庭に向かう。
辺境伯も一緒だ。
庭に出て驚く。 なんだ、これ。
そこには大量の荷物が積み上がっていた。
「あのー、辺境伯閣下、これは」
「自領に届けてほしい物を全て集めたようだ」
申し訳なさそうに苦笑した。
僕は頭を抱える。
双子と付き添いの人たちと、その荷物程度だと思っていたんだが。
これ、馬車何台分?。
しかも絶対に今、必要じゃないよなって物まである。
「お訊きしますが、これ、絵画ですよね?。 これを子供たちが使うとは思えませんが」
大きな包みが散見されるが、どう見ても絵画や彫刻等の芸術品や楽器などの娯楽用品である。
「いや、その、子供たちの教育に必要なのではないか、と。 妻がー」
「本当ですか?、それ」
僕は胡乱な目を向ける。
「すみませぬ。 この館の倉庫が満杯で、死蔵している物を本領の倉庫に移したいと常々思っておりまして」
ガバッと頭を下げられた。
僕たちは運送屋じゃないんだが。
「モリヒト、どうする?」
精霊が嫌がるなら無理強いは出来ない、と思ったら。
『アタト様の御心のままに』
くっ。 こっちに振りやがった。
モリヒトに聞くと量自体は問題ないそうだ。
ただ、一回に移動させる量が多いほど時間が掛かる。
一つなら一瞬で移動させられるが、百個、千個となれば、向こうに到着するのが半日以上かかる場合もあるという。
丁寧に梱包されているので、それなりに大切な物なのだろう。
評価金額については、その時代の流行や見る人の価値観で違ってくるので、今は考えない。
だが、20日も馬車で移動させたら確実に壊れそうだ。
仕方ない。
王都滞在中、かなり世話になったからな。
僕は辺境伯に輸送のための提案をする。
まず使用人を一人送り出す。
受け入れ側で準備をしてもらうためだ。
「それから馬車を用意してもらいます」
準備が出来たら、馬は付けずに、人と荷物だけを乗せる。
馬はさすがに驚くだろうし、暴れたら怖い。
「双子と付き添いの方。 その他に使用人の方々が必要なものを選別して、馬車一台分にしてください」
それくらいの量なら1分も掛からない、とモリヒトが請け負ってくれた。
「最初の馬車は無料とします。 こちらの都合でお願いしたことですから」
しかし、その後は辺境伯家の荷物だ。
双子たちを送り出した後、馬なしの荷馬車にしてもらう。
「荷馬車1台に付き、これくらいの値段でいかがでしょうか」
市場の食料品店で『ライス』の見積りをもらった時、運送代が記入されていたのを覚えていた。
あれは輸入品で、仕入れ先の国から食料品店までの送料だが、こっちは国内なので安めに設定。
「この金額で良いのですか?」
辺境伯が家令さんと話し合い、それよりも倍近く上乗せされてしまった。
「閣下。 そんなに頂いても、送るのは今回だけですよ?」
ちょくちょく頼まれたら敵わん。
金さえ出せばいいってもんじゃない。
「分かっております。 しかし、辺境の領地では王都からの取り寄せは、通常でもこれくらいは取られます。
美術品などはアタト様の数倍は掛かりますよ」
マジかー。 ぼったくり、でもないんだろうな。
途中で野盗や魔獣に襲われたり、悪天候に見舞われたり、それだけ大変だということだ。
「分かりました」
その値段で引き受けることになった。
こちらからは、まずキランが行くことになる。
そのための打ち合わせを入念に行った。
段取りが拙いと今日中に終わらないかも知れない。
「馬なしの馬車や荷馬車をこちらから送るので、傍に馬を待機させておいてほしい。 着いたらすぐに馬を付け、移動させてくれ」
次の荷物とぶつからないように。
「荷馬車は、2回目からは空にして送り返してほしいので、人数を頼んで迅速に下ろすように」
荷馬車2台で交互にすれば早い。
「領兵の方を何人か、荷馬車に付けて頂けますか?」
と、キランにお願いされた。
辺境伯夫妻がこちらにいるということは、領地の兵士のほとんどがこちらに来ているのだ。
「分かった。 領兵の半分を2回に分けて送ろう」
家令さんに頼むと、すぐに兵舎に知らせが走る。
やはりキランは執事としては優秀だと思う。
辺境伯領でなければな。
「それと、私が向こうに行った後、しばらく時間を空けてください。 説明してもなかなか理解して頂けないかも知れませんので」
だろうな。
王都にいるはずの人間が突然、辺境地に現れたらビックリするし、偽物だと疑われる。
「そうだな。 最初は僕も一緒に行きましょう」
そのほうが説明が早い。
「ありがとうございます」
キランは深く礼を取る。
いやいや、そんなに感謝されてもなー。
「そうだ、キラン。 さっき、話があるとか言ってたね。 よければ、今、聞きますよ?」
輸送が始まるとバタバタするからな。
今はまだ領兵たちが準備中だ。
「はい、お願いします」
キランの顔が改まる。
「私をアタト様に雇ってもらいたいんです」
「はあ?」
「無理は承知です。 ガビーさんやスーさんみたいに物を作れるわけでもなく、モリヒト様のようにお世話が完璧に出来るわけでもありません。
ですが、私は人族として、エルフ族のアタト様に仕えたいんです」
エルフや精霊、ドワーフといった異種族では分からないことを伝え、人族との交渉をする者が必要ではないか。
そう思ったそうだ。
僕は驚き過ぎてしばらく言葉が出なかった。
「……辺境伯はなんと仰ってますか?」
ようやく声を絞り出す。
「はい。 それなら、しばらく辺境伯家からの援助としてアタト様に同行すればよいと。
もちろん、アタト様とモリヒト様に了承して頂ければです」
つまり、出向か。
使用人としての籍は辺境伯家にありながら、仕事は辺境地の僕の家ということになる。
「うーん」
僕は悩む。
「少し考える時間をもらえますか」
一旦、保留にする。
「はい。 良いお返事をお待ちしています」
キランは荷物の山を仕分けしている場所に向かって走って行った。
「どうする?、モリヒト」
僕はエルフの姿の眷属精霊に訊ねた。




