第二百五十四話・一時の別れと心配事
「エルフ様の命令だということにしようかと」
僕はモリヒトからハリセンを受け取る。
自分で言うのはいいけど、お前が言うな。
スッパーンッ!
バカなことを言った王子の横っ面を張り飛ばす。
あ、よろけた。
これくらいでふらつくとは、鍛え直せ。
「イテテッ」
殺気立つ護衛騎士を止め、王子は頬を撫でながら立て直す。
「コレが痛いわけありません。 おもちゃですから。ふざけただけです」
「だけど、顔は止めろよ」
国王と元国王はポカンとしている。
僕はハリセンを侍従長にやんわりと取り上げられてしまう。
いいっすよ。
「差し上げます」と言ったら喜ばれた。
「クロレンシア嬢を王族の争いに巻き込みたくないという、殿下のお気持ちは分かります」
今さっき王太子の嫉妬を目の当たりにした。
あのドロドロな嫉妬の渦に、幼馴染で妹のような女性を巻き込みたくないのだろう。
「しかし、貴方が決意しないお蔭で多くの者が迷惑するんです」
僕とか、僕とか、他にも僕の周りが。
ティモシーさんは、まあ自業自得なところもあるので例外。
だが、クロレンシア嬢は公爵家の娘。
政略結婚の駒でしかない。
駒なら、最初からちゃんと配置しておけよってことだ。
「クロレンシア嬢は自分なりにがんばっておられます」
自分がどこに行きたいのか、ちゃんと行動で示している。
少し自分の気持ちに正直過ぎるが、あれは甘やかされて育ったせいかな。
それでも恋心をハッキリと口にしないのは、さすが貴族令嬢だ。
叶わない想いも覚悟している。
しかし、状況が変わった。
今ならエンデリゲン王子は代官という管理職だ。
ただの『奇行王子』ではなくなっている。
「エンデリゲン殿下なら、本気で対応されれば大抵のことはなんとかなりますよ」
王家の血筋が国王直轄の領地を賜り、後ろ盾は辺境伯。
叙爵されれば高位貴族は間違いない。
「でも上手くいくとは限らないし」
王子は不安そうに僕を見る。
「もう少しご自分の能力というものを自覚されたほうがよろしいかと」
『奇行』の裏にある行動力、民に対する思いの強さ。
エルフにも臆せず、嫌われない程度の距離感。
僕でさえ「ほっとけない」「助けたい」と思わせる何かを持っている。
王太子が危険視するのは、そういう「善良さ」ではなかろうか。
『国の王』には向かないが、惹き寄せられる者は多い。
「公爵閣下もきっと分かってくださいますよ」
「そう、かな」
王子は少し顔を赤くする。
今すぐでなくても良い。
領地経営が軌道に乗るまでは、クロレンシア嬢は辺境伯領地の騎士団で預かってもらえるんだから。
チラリとモリヒトの姿が見えた。
「僕はこの辺で失礼させて頂きます」
国王や爺様に深く礼を取る。
「ではエンデリゲン殿下。 辺境でお待ちしております」
激励を込め、ニコリと笑う。
「は?、もう帰るのか」
「はい。 王都での憂いは失くなりましたので」
後は、お前ががんばれよ。
僕が歩き出すと、いつの間にかモリヒトが後ろにいる。
侍従長が「ご案内いたします」と先導して扉を開く。
また兵士に囲まれるのも面倒なので、黙って後をついて行くことにした。
出入り口付近では、兵士たちがバタバタと走り回っている。
もしかしたら、王子に同行していた騎士たちからの連絡が入ったのかな。
かなりの数の野盗っぽいのを捕まえたから、連行するにも時間が掛かりそうだ。
「アタト!」
馬車に乗り掛けたところで、王子が追いかけて来た。
足を止めて振り返る。
「どうかされましたか?」
王子はハアハアと息を上げながら片手を差し出す。
握手かと思ってこちらも片手を出すと、何かを握らされた。
片手にすっぽり収まるくらいの、紋章が入った小さな板。
何かの魔道具のようだ。
「父上からだ。 次回からはこれを使え。 もう結界は壊すなとの伝言だ」
結界を通り抜けるための認識用らしい。
「承知いたしました。 よろしくお伝えください」
感謝の礼をして、今度こそ王城の門を出る。
紋章の無いお忍び用馬車で送ってもらった。
侍従長はデキるお人だな。
国王の御側用人ぽい人だから当たり前か。
「何時だ?」
馬車の中ではモリヒトと二人っきりだ。
『お休みの時間は過ぎております』
そうだろうな。 外は真っ暗だし。
昨日から色々あり過ぎて疲れたな。
眠い。
辺境伯邸に着くと家令さんに出迎えられ、歩きながら簡単に様子を訊く。
クロレンシア嬢は僕の客人として別棟に保護されていた。
その方が公爵家から問い合わせが来ても「エルフの客だから干渉出来ない」と引き渡しを拒否出来るからだ。
詳しい話は明日、ということで僕は客用寝室に入る。
風呂にも入らず、服を脱ぎ捨て下着姿でベッドに潜り込む。
『アタト様。 明日は一旦辺境地に飛ぶということでよろしいのですね?』
「うん、頼む」
確か、家令さんが運ぶ物をまとめているはずだ。
「後は任せる。 すまん……」
『はい。 ごゆっくりお休みください』
スウッと睡魔に完敗した。
どれくらい寝ていたのか。
いつもよりだいぶ遅くに目覚めた。
「フワーッ」と声を出して背伸びをする。
『おはようございます、アタト様』
「おはよう、モリヒト」
顔を洗い、朝の支度をする。
朝食はすでにテーブルに用意されていた。
『辺境伯がご都合が良ければお会いしたいと』
「うん。 食後のお茶が済んだら行くよ」
モリヒトは頷き、廊下で待たせていたキランに伝える。
「承知いたしました。 あ、あの」
キランが何か言いたそうに、僕を見た。
「すみません。 アタト様にお話したいことがございまして。 後ほど少しだけ、お時間を頂けませんでしょうか」
パンを口に押し込みながら頷く。
キランは礼を取り、本館へと早足で向かう。
「なんだろう?」
『さあ。 私には分かりません』
だよな。 僕も分からん。
本館の辺境伯の執務室に案内された。
「先日お預かりしていたものをお返しいたします」
僕が元宮廷魔術師のところへ行く時、念のため預けた手紙である。
「ありがとうございます」
魔術師とは特に何もなかったと報告すると、辺境伯はホッとした顔になる。
僕もホッとしたよ。




