第二百五十一話・王族の縁談と妨害
「クロレンシア嬢に、本日、縁談が持ち込まれました。 第一王子殿下の側妃です」
王子の頬が引き攣る。
「ハハッ、そんなバカな。 兄上は王太子に決まった時に隣国の王女が輿入れしている。 この夏には御子も産まれるのだぞ」
そんな王太子に側妃が必要なのか。
僕にはそんなことは分からない。
だけど事実である。
本来なら、公爵令嬢であるクロレンシア嬢に側妃の話など持ち込めるはずがない。
「クロレンシア嬢が王宮の庭で無防備に寝ていたのは何故でしょう。
近衞騎士を辞めさせ、殿下が王都にいない日に縁談を持ち込んだのは誰でしょうか。
僕には、殿下との間に噂の絶えない公爵令嬢を誰かが貶めているとしか思えません」
王子は言葉を失い、ただ呆然としている。
モリヒトがピクリと動き、コソッと僕に話し掛けてきた。
僕はそれに頷き、許可する。
『しばらくお待ちください』
モリヒトの姿が消え、あちこちで物音や悲鳴がした。
「殿下の周りは色々と物騒ですね」
僕の言葉に王子は周りをキョロキョロ見回す。
逃げ出そうとした兵士を王子の近衞騎士たちが捕えている。
『お待たせいたしました』
モリヒトは蔓で縛り上げた武装した男たち数名を引き摺り出す。
「こいつらはなんだ?」
「殿下のお命を狙っていた。 もしくは失脚させようとしていた、というところでしょう」
たとえ命は助かっても、視察に失敗したという傷跡は残る。
そういう計算だろうが、モリヒトがいて残念だったな。
「殿下。 お心当たりはありますか?」
「あ、ああ」
無いはずはない。
王族はかなりの人数がいて、足の引っ張り合いも激しいと聞く。
王子は俯き、拳を握り締めていた。
「もし国王陛下に文句を言いたいなら、今から行きますか?」
「は?」
驚いたのは王子だけではなかった。
僕だけが王宮に行っても、脅しにしかならない。
間に王子を入れ、何事も交渉次第なのだと示さなければ。
「僕はねえ。 出来れば王族のことなんて関与したくないんですよ」
邪魔臭いから。
「でも、知り合いが悲しむ姿は見たくない」
特に若者や子供が理不尽な扱いを受けるのは我慢ならん。
「エルフは傲慢で自分勝手ですからね」
大袈裟にため息を吐いてみせる。
「殿下が動かないなら、僕が動いてもいいんですよ?」
その場合、王宮、いや、王都の安全は保証出来ない。
今、この場所を更地にしたのは見ていたはずだ。
「ま、待て、アタト。 我は、どうすればいいか分からない」
「殿下の御心のままに」
この王子は優し過ぎる。
あっちにもこっちにも配慮し過ぎて、自分は我慢すれば良いと思っているのだ。
「生きていれば、必ず誰でもどこかで誰かに迷惑を掛けるものです。 それを自分が我慢すれば上手くいくなんて考えは捨てなさい」
「えっ」
「あなたは自分だけが目を瞑れば良いと放置している。
その結果、あなたを慕う令嬢は女性としての幸せを奪われ、あなたはいずれ命を落とす。
嘆き悲しむのは誰でしょうね」
僕は傲慢だから、こんな気分の悪いことをされて黙っていられない。
放っておけば、コイツらはまた何か理由をこじ付けて同じことをするだろう。
王宮の話だから、王子を利用する。
王子は重い口を開いた。
「王城の結界は破れるのか?」
僕はモリヒトを見ることもなく、ニヤリと笑って頷く。
「僕の眷属精霊に出来ないことなんて無い」
「ハ、ハハッ」
王子は笑って、そして今まで見たこともない精悍な大人の男性の顔になる。
「連れて行け。 王宮の中、陛下と謁見した部屋だ」
僕は見せかけだけの礼を取る。
結界の外の兵士たちに、僕が王子に従っているように錯覚させるために。
「承知した」
実際には、僕が王子を脅しているんだがな。
防音結界を解き、モリヒトに告げる。
「王宮に行く」
『はい』
僕とモリヒトは、エンデリゲン王子だけを道連れに王城へと飛ぶ。
後の兵士たちはどうなるかって?。
罪人たちを引き連れて、勝手に王城に戻るだろうさ。
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「侍従長、その話は真か?」
「はい、陛下。 王太子殿下の側近から貴族管理部に打診がございました。 今頃、公爵家にクロレンシア様を側妃に迎えたいという内々の話が届いている頃かと」
「何故だ。 正妃に子も産まれるというのに、他国の姫では気に入らなかったのか」
「いえ、王族の婚姻とはそういうものだと幼少の頃より理解されております。 しかしながら、公爵家は王家に次ぐ家柄。 取り込んでおきたいのではございませんか?」
「ふむ。 確かに第二王子が有力貴族の娘を娶り、王宮内での勢力を強めているという話は聞いておる。 張り合っているということか」
「はい、陛下。 国内のことを知らぬ他国の姫よりも、国内の貴族を纏め上げることが出来ますから」
「しかし、クロレンシアは近衞騎士を辞したばかりだろう。 確か、辺境伯より領地の騎士団に受け入れたいと申し出があったと聞いておるが」
「はい、確かに。 しかし、王家と辺境伯家では、どちらが優先されるかは明らかでございます」
「まあ、あの子煩悩な公爵にすれば、危険な辺境地の騎士団より、王宮の側妃のほうが近くて安心ということだろうな」
「それでは、陛下は王太子殿下のご側妃の件はお認めになるのでしょうか?」
「いや、待て。 クロレンシアの名はどこかで出たな」
「は?。 クロレンシア様の名前が、ですか?」
「うーむ、あ!」
「な、なんです、陛下。 急に顔色が悪くなられましたが」
「拙い!、王太子をすぐに止めろ。 公爵家にも取り消しの連絡を出せ。 我は貴族管理部に却下の通達に行く」
「陛下、いったいどうされたのですか?」
「侍従長、急げ!。 下手をすると、王宮が、いや、この国が危ない」
「へ、陛下、お待ちください。 何を畏れられていらっしゃるのですか。 陛下?」
「エルフじゃ。 先日、辺境地からやって来たエルフが国宝級の魔道具を贈った相手がクロレンシアだったのを思い出した」
「それがどうしたというのですか?」
「そのエルフがクロレンシアの婿はーー」
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