第二百五十話・騎士令嬢の移動の話
公爵と辺境伯は、王宮の貴族管理部で話し合った結果。
「クロレンシア嬢の近衞騎士団からの離脱は決まった」
本人の意志と家長からの申し出があり、王族からの引き留めもなかったため、すんなりと手続きは済んだ。
しかし、高位貴族家の騎士団に入ることには、公爵から異論が出たらしい。
「それは辺境伯領地に赴任となるからでは?」
可愛い末娘が王都から遠く離れた、しかも魔獣被害も多い辺境地に行くとなれば当然か。
辺境伯もウンウンと頷いている。
「私はもう子供ではありません。 一人の騎士として、主君に仕えるのは誇りです」
クロレンシア嬢の鼻息が荒い。
いやいや、親なら子供が何歳だろうと、どんなに立派な騎士だろうと心配ですよ。
まあ、公爵様の子離れは置いといて。
「家出というのは何故です?」
処分が決まったのならクロレンシア嬢も自由に出入り出来るだろうに。
「父は、私が辺境地に行かないように縁談を勧めてきたのです」
あー、親としての気持ちは分かるが悪手だな。
余計に反発する。
しかし、公爵令嬢の縁談なんて、相手は他国の有力者か王族くらいしかいないだろう。
辺境地に赴任するのを嫌がるくらいだから、他国はあり得ない。
とすれば、王族か?。
「はい。 それがー」
辺境伯は知っていたようで、目を逸らす。
「すでに他国の姫が輿入れされている王太子殿下の側妃らしいです」
「はあ?」
エンデリゲン王子の兄で、第一王子。 しかも王位を継ぐことが決まっている王太子。
正妃ならまだしも、側妃。
「公爵様がそれで良いと?」
クロレンシア嬢が頷く。
「側妃といっても護衛騎士のようなものだって。 王族のお子様はもう十分いらっしゃるから、妻の務めは必要ないと言われました」
仕事は護衛だろうが騎士という身分はないし、正妃がいるから子供も必要ないなんて。
それって、女性として最低な縁談だよな。
「身勝手な親ですね」
ただ自分の目の届くところに置いておきたいだけ。
「まだ決まったわけではないんですよね」
「え、ええ」
僕は確認する。
「エンデリゲン殿下はなんと仰ってましたか?」
クロレンシア嬢は固まり、辺境伯は首を横に振る。
「まだご存じないと思う。 クロレンシア嬢もついさっき聞いたばかりだそうだ」
「恐れながら」と家令さんが発言の許可を求める。
僕も辺境伯も頷くと、
「確かエンデリゲン殿下は本日、王都の外に巡回視察に行かれています」
と、報告した。
邪魔者がいない間に、ということか。
これはかなりヤバいかも知れない。
公爵はサッサと決めてしまうつもりなのだ。
クロレンシア嬢も気付いたのだろう。
膝の上で握り締めた手が震えている。
「お父様は、そこまで私とエンディ様を引き離したいの」
怒りと悲しみで令嬢の顔が歪む。
『アタト様』
僕の怒気を感じてモリヒトが落ち着けと忠告する。
分かってるさ。
僕なんかが国の政に口を挟めない。
そうだ。 これは貴族家にとっては政略の一つ。
だけど、元の平和な世界の記憶を持つ僕には色々と納得がいかない。
僕ならどうするだろうか。
僕が親なら、距離は離れても、子供自身が選んだ道なら応援する。
縁談にしても、周りからみれば苦労することが分かっていても、本人が幸せならそれで良い。
だけど、僕がエンデリゲン王子の立場だったら。
「暴れるな、きっと」
『アタト様』
珍しくモリヒトが僕の肩に手を乗せた。
「エンデリゲン殿下は王城の外に出ておられるのですね?」
僕の問い掛けにクロレンシア嬢が答えた。
「例年通りの巡回なら王都の外ですわ」
年に一度、王族の誰かが兵を引き連れて魔獣のいる地帯を視察と称して巡回する。
それが、たまたまエンデリゲン王子で、たまたま今日だと?。
「モリヒト、どこにいるか分かるか?」
『はい。 場所も特定いたしました』
周辺の土地は確認済みらしい。
さすがモリヒト。
僕はクロレンシア嬢に向かって言う。
「少し出掛けて来ます。 戻りましたら、例の双子共々辺境伯領地までお送りしますので、準備をお願いします」
「はい!」
力強く返事が返る。
さすが騎士だ。
辺境伯にも準備を頼み、僕はモリヒトに頷く。
「行こう」
『はい』
視界が一転し、気が付くと森の中にいた。
『王子はこちらです』
モリヒトが先に立って歩き出す。
僕は、歩きながら封印を解く。
シャランと耳飾りが鳴る。
「誰だ!」
兵士の声がした。
魔獣が返事をするとでも思っているのか。
それとも、すでに野盗にでも襲われる予定があったのか。
反吐が出る。
馬の嘶きが聞こえ、ガチャガチャと鎧の兵士が走り回る音が聞こえた。
『念の為、防御結界を張ります』
そこはモリヒトに任せる。
「それ以上近付くと斬るぞ!」
黒メガネをしていないモリヒトを見た兵士の勇ましい声。
魔獣に遭遇することを考え、腕の立つ実践的な部隊が付いているようだ。
僕は前に出て口上を述べる。
「アタトと申します。 エンデリゲン殿下に至急の用がございまして、後を追って参りました」
僕たちの容姿に気付き、兵士たちが騒つく。
「エルフだ。 何故、ここに」
しかし、頑なに僕たちを通そうとはしない。
「殿下に会いに来ただけです。 お取次ぎを」
「怪しい者を通すわけにはいかない!」
へえ、そうですか。
「モリヒト、この一帯を更地にしろ」
『畏まりました、アタト様』
「わああー」「ヒィ」「な、なんだっ」
地震のような揺れが起き、木々や下草が地中に沈む。
兵士たちがいた場所、その辺りがポッカリと真っさらな茶色の地面になった。
「いったいなんだ?」
どうやら昼休憩をしていたらしい。
頑丈そうなテントから、王子や見慣れた中年の護衛騎士が出て来た。
「アタト?。 なんでこんな所に」
僕は王子の前で片膝を付き、敵意が無いことを示す。
「至急、お伝えしたいことがございまして」
王子は頷き、テントに入るように促す。
「いえ、ここで」
僕は、二人だけの防音結界を張り、兵士たちに格の違いを見せ付ける。
これくらいなら僕でも出来るんだよ。
「クロレンシア嬢のことで」
「何かあったのか?」
やはり何も知らないようだ。




