第二百四十六話・王都のエルフとの邂逅
エルフだったのか。
モリヒトがチラリと僕を見る。
僕も本性を見せないのかって?。
イヤだよ、エルフなんかに見せたくない。
「眷属に精霊を連れている人族とは、珍しいですね」
今日は黒ローブではない女性が、僕とモリヒトを交互に見て言う。
「僕は、眷属精霊を連れていないエルフを初めて見ます。 辺境地の外にあるエルフの森では、皆さん、眷属精霊がいますから」
女性エルフはムッと顔を顰める。
「ふふふ」
と老人が笑い、お茶を淹れてくれる。
「人族でも魔力が高ければ精霊が眷属になってくれるのですかな」
僕は勧められた椅子に座る。
「分かりません。 僕はエルフの森で拾われた子供なので」
だから眷属精霊がいるのだと思わせる。
嘘は言っていない。
「そうでしたか」
老人もエルフの女性も同情的な目を向けてくる。
「お蔭で一人でも生きていけます」
そう言って、僕は笑う。
だけど、本当に眷属精霊のいないエルフはかなり珍しい。
まあ、特殊な事情で眷属精霊がいないエルフも存在するとは聞いていたが。
「わ、私の場合は気がついたら王都の中にいたからよ。 精霊なんて周りにいなかったの」
僕は後ろに立つモリヒトに問う。
「王都に精霊はいないの?」
『いえ、そんなことありませんよ。 ただ、精霊とエルフの間には相性というものがありますから』
エルフを見つけても寄って来ない場合はある、と。
ふむ、相性か。
それは人間同士にだってある。
だが、精霊ってのはほぼ魔力で出来ているせいか、嘘が吐けない。
『気に入らない相手に忠誠を尽くす精霊はいません』
精霊自身がそう言うのだから間違いない。
『この土地では、眷属精霊がいなくてもやっていけるのでしたら、問題はないということでしょう』
精霊を使わずとも狩りや生活が出来る環境。
「それなら、いいんじゃね」と精霊王様は仰っているそうだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
僕はこの老人が元宮廷魔術師で、双子の言うセンセーであることを確認する。
「ああ、間違いないよ」
良かった。
「すみません。 実は、お話がありまして」
まずは、サンテリーとハーナの双子の話から片付けよう。
「サンテリーくんから預かった手紙です」
老人に手渡す。
老魔術師は黙って受け取り、すぐに開いた。
「……ふむ。 予想はしていましたよ。 いつか、こんな日が来ると。
あの子たちが人並みに幸せだと感じる生活が送れるならば、ワタシはそれでいい」
拙い文字でサンテの感謝と決意が書かれている。
妹の将来を考えると、やはり王都での生活は不安だったのだろう。
自分の手から離れるサンテの成長を喜んでいるのか、老人はどこか嬉しそうだ。
「では何故、今まで彼らを教会に預けなかったのですか?」
老魔術師はじっと僕を見た。
「教会は優秀な子供を貴族家に働きに行かせる。 ワタシはそれには慎重になるべきだと思う」
教会の施設での教育は、新しい家族、または新しい住み込み先を見つけるためにある。
中でも、容姿や頭の良い子供は高位貴族家に斡旋。
子供には高給、教会は他の子供たちの模範になるし、貴族家は慈悲深いと評価される。
双子の場合、おそらく容姿は問題ない。
教会に預ければ、間違いなく貴族家に養子か奉公に出されていただろう。
「そうですね。 僕もあまり良い手段とは思えません」
教会と貴族が「子供のため」と言いながら、自分たちのために利用している気がするからだ。
僕は、たまたま優秀だったせいで、ある貴族家ではスパイだと疑われて命を落とした子供、ある貴族家ではやりたくもない護衛の訓練をさせられた子供を知っている。
「優秀な子供ほど平民のために働いてくれたほうが良いと僕は思いますね。
貴族は、後ろ盾になって金だけ出してやれば十分ですよ」
僕の言葉に老魔術師は高らかに笑い、そして何度も頷いた。
「ワタシは、この通り王都から出ることを禁じられた身。 双子を連れ出してくれるのがアタトくんなら、安心出来るというものだ」
話が早くて助かる。
「ありがとうございます。 辺境地で伸び伸びと育つよう、見守らせて頂きます」
辺境地には、見栄のために教会から子供を引き取るような貴族はいない。
僕たちはお互いに礼を取り、一件落着となった。
しかし、エルフさんは気に入らないようだ。
「あの二人の事情を訊かないの?」
僕は首を傾げる。
「知ったら、どうにか出来るのでしょうか?」
そんな簡単な話なら、元宮廷魔術師がなんとかしていたはずだ。
「う、それはー」
「知らないほうが良いこともありますよ」
老魔術師は「ふふふっ」と笑う。
「どちらが大人か、分からんな」
子供のようなエルフの女性と、元宮廷魔術師の老人。
僕は、この二人の関係のほうに興味が湧く。
だけど、それを訊くのは野暮というものだ。
「次の話なんですが、エンデリゲン王子の件です」
「ほお?」
僕が老魔術師に会いたいと申請したのは、王宮の貴族管理部である。
王子の名前が出てくるとは思わなかったようだ。
「殿下から貴方の話を聞きました。 僕とは付き合うなと言われたそうで」
僕は王子に、本体が魔物でエルフに擬態していると誤魔化していた時期がある。
その時、王都に戻る王子に求められて名前を書いた紙を渡した。
それを見た王子の魔法の師匠であるこの老人は、
「エルフに擬態するほどの魔力や知性を持つ魔物はいない。 いるとすれば、それはすでに魔族だ」
と、言ったという。
「貴方は、何故、僕を『魔族』と言われたのか。 それは『失われた種族』と関係あるのでしょうか?」
「ふむ」
老魔術師は考え込む。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「アタトくんが人族ではないのは、その耳飾りを見れば分かる」
僕は目を見開く。
「魔宝石をご存知とは」
「これも神の意志でしょう。 あなた様は選ばれたお方のようだ。 ワタシが知った王家に伝わる『失われた種族』のお話をいたしましょう」
願ってもいない話だ。
僕はモリヒトに頼んでコーヒーを淹れてもらう。
「何それ!。 良い香り。 私にも頂戴」
女性エルフが叫ぶ。
やっぱりエルフは嫌いだ。




