第二百四十五話・魔術師の家はどこか
あっという間に乱闘になる。
「コノヤロー」
2、3人は躱したり、足を掛けて転ばせたりしたが、相手が刃物をちらつかせはじめる。
「ヘッヘッヘ、おとなしくしな」
大人しくするのはそっちな。
こちらが刃物を出すのは大人気ないし、後で正当防衛が言い訳に使えなくなる。
まあ、眷属精霊がいる時点でそれは無理か。
「モリヒト」
『はい』
モリヒトが結界で弾き飛ばす。
「ひぇ!、だ、誰だっ」
尻餅をついた男が叫ぶ。
あー、モリヒトが気配消し過ぎて気付かれていなかった。
「ごめんね、オジサンたち。 これは僕の護衛。 大人しく案内してくれない?」
アンタたちじゃ歯が立たないからさ。
「ヒッ、ヒィー」
モリヒトを見た男たちは、何故か全員逃げて行った。
物陰に隠れていた小さな子供が出て来る。
「サンテあんちゃんの知り合い?。 あんちゃん、どこ?」
3歳から5歳くらいまでの小さな子供が4人、姿を見せる。
「こんにちは。 サンテリーくんに頼まれて来たんだよ。 センセーんとこに案内してくれない?」
子供たちは顔を見合わせる。
「いいけど、中には入れないよ」
「そうなの?」
「だって、サンテとハーナしか入っちゃダメなんだって」
「へえ、そうなんだ」
口々に話しながら奥に進む。
王都の外壁が近くに見える。
つまり、かなり貧困世帯が多い場所ということだ。
「こっちよ、おにいちゃん」
小さな女の子に手を引かれて歩く。
おにいちゃんか。 なんか照れるな。
「ここから先は行っちゃダメなの」
ふいに子供たちが立ち止まった。
どこかの家の生垣みたいだが、どこにも入り口らしきものがない。
「サンテあんちゃんたちは、いつもここから入ってた」
「うん。 なんか、すぐに姿が見えなくなるの」
なるほどな。
たぶん別空間に繋がっているんだろう。
「ありがとうな、皆。 お礼に、これ、やるよ」
僕は教会の試作品の余りを子供たちに見せる。
「これな、教会に持って行くと食べ物と交換してくれるんだ。 但し、子供じゃないとダメなんだよ」
小さな女の子の首に首飾り型の御守りを掛ける。
「これ一個で何人分でも貰えるから、お友達皆で一緒に教会に行ってみな」
「えっ!、ほんと?」
僕は笑って頷く。
「僕の名前はアタトだ。 教会でアタトから聞いたと言えば分かるよ。 ヤマ神官の友達なんだ」
ワアッと子供たちが歓声を上げ「ありがとう」と言いながら駆けて行った。
後はヤマ神官と警備隊さんたちがなんとかするだろう。
『よろしいのですか?、あんな幼い子供たちに嘘を吐くなんて』
「嘘?。 ああ、食べ物との交換か。 嘘ではないさ。 ヤマ神官なら子供たちを追い返したりしないで面倒みてくれるよ」
そして、子供たちは教会で食べ物だけでなく、何不自由無い生活が送れるようになる。
連れ戻しにゴロツキたちが来ても、あの警備隊隊長なら叩きのめしてくれるだろう。
「子供は自分だけでは動けないもんさ。 誰かが後押ししてやらなきゃ」
声掛けだけでなく、手を引いて、正しい道へと。
願わくば、せめて自立出来る、その歳までは。
さあ、僕たちもこの道の先へ行こう。
招待状もあるし、大丈夫だよな。
「モリヒト、手を繋いで行こう」
一人ずつ別の空間に飛ばされたら敵わん。
『はい。 そういたしましょう』
何気に手を繋ぐのって、最近はなかったかも知れない。
モリヒトがなんとなく笑ってる気がする。
冷んやりとした精霊の手を握り、僕は一歩前に足を踏み出した。
◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇
「アイツ、本当にムカつくのよ!」
「あははは。 まだ言ってるのかい。 キミがそんなことを言うのは珍しいね」
「だって!。 私なんかよりずっと若造のくせに生意気なのよ!」
「そうかい?。 アタト、とかいう少年は貴族管理部から会ってくれと推薦状が来ているんだよ。
だから、無下にするわけにはいかないんだ」
「分かってる。 でも、あんなのを貴方に近付けたくないわ」
「ふふふ、ありがとう」
「それにサンテリーとハーナだって勝手に連れてっちゃった!」
「それは仕方ないよ。 ワタシはここから出られないし、あの双子の面倒をいつまでも見てあげられるわけじゃない。
彼が王都から連れ出してくれるなら、ワタシとしては嬉しい限りだよ」
「まあた、そんなこと言って。 本当は寂しいくせに」
「いやいや、そんなに寂しくはありませんよ。 ワタシにはキミがいますからね」
「ばっばか!。 恥ずかしいこと言わないでよ」
「おや、誰かお客様が来たようです」
「え?」
◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇
生垣に突っ込んだ、と思ったら。
「ここはどこだ?」
目の前に広がっていたのは、家というよりガラス張りの温室の中のような景色。
燦々と光が溢れ、植えられた木々や草花の匂いに鳥の声が聞こえる。
僕の印象としては、元の世界の植物園にあるドーム型屋根の温室という感じ。
見上げる青い空は、どことなくガラスというか、透明な幕が一枚張られているような気がする。
おそらく、完全な外ではなく、閉じられた空間の中なのだろう。
『位置的には王都の中で間違いありませんが』
へえ、そうなんだ。
だけど、建物の中なのか、外なのかも分からない。
ノックする扉もなければ、呼び鈴もない。
とりあえず、
「こんにちは、ごめんください!」
と、声を上げる。
「どなたかな?」
膝まで伸びた草の向こう。
白い石畳の小径を長いローブを引き摺り、細身のお爺さんが姿を見せる。
「初めまして。 アタトといいます」
僕は近くまで歩いて行き、深く頭を下げた。
「無理を承知でお願いしましたが、お会い出来て光栄です」
少し緊張したが老人は優しく微笑んでくれた。
「キミがアタトくんだね。 ようこそ、このような場所に。 狭っ苦しい檻の中だが、歓迎するよ」
檻、だそうで。
確か、王族の秘密を知り過ぎて、宮廷魔術師を引退しても王都から出られないんだったな。
「こちらへ、どうぞ」
花壇の中のテーブルに案内される。
そこに金色の髪に鮮やかな緑の瞳をした、
「エルフ?」
の、女性がいた。
「初めまして?」
昨夜の、黒ローブの女性の声だった。




