第二百四十四話・覚悟の上で動く
封筒は招待状だった。
以前から申請していたやつの返事である。
「元宮廷魔術師で、王子の魔法の師匠」
そして、おそらくは、この国で一番強い魔術師だ。
「モリヒトの結界を破るとは只者じゃない」
気を引き締めよう。
招待状に日程の指定はない。
いつでも来い、と住所のみが示されている。
しかし、双子と繋がっていたとはな。
世間は広いようで狭い。
翌朝、僕は部屋で一人で朝食を取った。
色々と考えることがあって、思考の邪魔をされたくなかったからだ。
朝食後に辺境伯に面会を申し込む。
執務室で二人だけ、とお願いした。
「何かございましたか?」
む、また言葉遣いが丁寧になっている。
「あの子供たちの件でしょうか」
あー、昨夜、サンテに対してキツく当たってしまったからか。
「うーん、少しだけ関係ありますね」
多大な迷惑を掛けているため、辺境伯にはちゃんと事情は説明しておかないと。
「僕はこの後、サンテリー少年から保護者宛ての手紙を受け取って、その方を訪ねて行きます」
昨夜、侵入者がいたことは伏せておく。
たとえ王宮だろうと、アレは自由に出入りする類の化け物だ。
金の力でなんとか出来るものではない。
家令さんが淹れてくれたコーヒーを飲む。
美味しいけど、香りがイマイチな気がする。
僕はコーヒーは香りが強いものが好きだ。
モリヒトは念の為、家令さんを含めて防音結界を張る。
「お一人で、ですか?」
「はい」
「ガビーさんか、騎士ティモシーを同行させたほうが良いのではないでしょうか」
辺境伯は僕の心配より、相手や周りが僕を怒らせないか心配しているようだ。
僕を宥めるのに、あの二人は最適だろう。
フッと気が抜ける。
この人は、ずいぶん僕のことを分かってくれてるな。
「これを」
宛名が書かれた3通の手紙を取り出す。
「一つはガビーに、一つはティモシーさんに、もう一つはエンデリゲン殿下に。
僕に何かあった場合、渡してください」
執務室のテーブルの上に並べた。
「アタト様、それはー」
辺境伯の顔が青くなる。
「実は、相手はあの元宮廷魔術師様のようでして」
辺境伯は驚きで声を失う。
「説得に二、三日は掛かると思います」
僕が10日以上戻らなければ動いてもらえるように頼む。
辺境伯は納得してくれたようで、ゆっくりと頷く。
「分かりました」
このくらいの覚悟が必要な案件なのである。
キランを訪ね、サンテの手紙をもらう。
「昨夜、遅くまで掛かって書いておりましたので」
今まで手紙など出す相手がいなかったから、何度も書き直していたらしい。
「そのせいで二人ともぐっすりと休んでいますよ」
キランが愛おしそうに微笑む。
朝食の時間も起こさず、寝かせたままにしておくようにと夫人の指示があったそうだ。
それでいい。
初めての貴族の館なんて、緊張して眠れないのが普通だからな。
相変わらず、ヨシローとケイトリン嬢は本館で勉強中のようだ。
庭に出るとティモシーさんがいた。
「今日はやらないのか」
汗を拭きながら、笑顔と剣を見せてくる。
「すみません、今日は遠慮します」
と、挨拶する。
「あー、あの、ついでにお願いしてもいいでしょうか?」
僕はたった今、思い付いたという顔をして、ティモシーさんに一つ頼み事をする。
「教会から新作の『御守り』の作成依頼があると思うんですが、今日中に確認してきてもらえませんか」
材料はすでにガビーに渡してある。
大量の紙も作成済み。
しかし、注文はおそらく百体を越える。
「ドワーフ3人では大変だと思うので。 兵舎に職人の兄妹がいますから、彼らにお手伝いしてもらおうと思いまして」
訓練所の人形の設置が終わって帰ってしまわないうちに頼んでおきたい。
「なるほど、承知した。 すぐに確認して来よう」
「お願いします」
ヤマ神官は次期神官長の最有力なので、多少の先走りは出来ると信じる。
ティモシーさんはすぐに出掛ける準備に動いた。
誰にも気付かれないうちにサッサと出掛けよう。
『部屋は片付けてまいりました』
「ありがとう、モリヒト」
まあ、元からあまり物は置いてないけどな。
『本日の洗濯物も全て引き上げたのは、さすがに何か言われそうですが』
あー、ガビーなら文句言いそうだが。
「教会からの依頼があれば、それどころじゃなくなるよ」
新作の『御守り』はとにかく数が必要になる。
僕のことなど心配している暇はなかろう。
地図を頼りに貴族街を抜け、商人街の店で手土産の菓子を買う。
さらに外縁部に向い、段々と薄暗い路地に入って行く。
僕たちは途中から普段着のローブに着替えている。
辺境地でいつも着ているやつだ。
僕は、最近はずっと人間の姿をしているので、フードはかぶっていない。
モリヒトは黒メガネで気配は薄めていた。
周りの雰囲気が悪くなってくる。
かなり身なりのボロい浮浪者のような者が増えてきた。
僕の容姿は陽に焼けた肌に短い白髪。
一見細身だが、きちんと鍛えている。
貴族の子には見えないし、どちらかというと悪ガキに見えるらしい。
しかしまだ8歳の子供だ。
舐められてもしょうがない。
「オジサン、ちょっと」
僕はわざと血の気の多そうな毛むくじゃらの大男に声を掛けた。
「あーん?、なんだ坊主。 何しにきた」
「この辺に魔術師がいるって聞いて来たんだけど」
「そんなもん、いたか?」
ゾロゾロと数名の男たちが寄って来る。
風呂に入ってくれと懇願したくなる匂いが漂う。
「おっかしいなあ。 サンテがここだって教えてくれたのに」
ピキリと髭の男の表情が変わる。
「おめぇ、サンテの知り合いか。 アイツはどこ行った」
「えー、そんなの知らないよ。 僕はサンテから魔術師の人に言伝を頼まれただけだし」
すっとぼける。
「代わりに伝えてやるよ」
ゲヘゲヘと歯の欠けた口元の男が笑う。
「いいの?、じゃあ、お願いしようかな。 でも僕、お礼出来ないけど」
「もちろん、構わんさ。 お前を売り飛ばしゃあいいだけだ」
腕を掴もうとした男を躱して、体勢が崩れたところで腹に一発入れて蹲ませる。
「伝言はね。 アンタらとは縁を切る、だよ」




