第二百四十二話・子供たちの世話と背景
夕食の席に着く。
柔らかそうなフワフワの薄い金色の髪をした女の子と少年がいる。
いやいや、お前ら、なんで容姿が変わってるんだよ。
さっきまでは、くすんだ髪色の小汚い子供だったのに。
「わざと染めていたようです」
配膳しながらキランが教えてくれた。
風呂に入れたら見事に化けた、と。
「辺境伯夫妻には伝えた?」
キランは首を横に振る。
「いえ、まだです。 アタト様に確認してからと思いまして」
それは助かる。
こういうところは実に優秀なんだがなあ。
ポカンとしていたヨシローがボソリと零す。
「何か隠さなきゃいけない事情があったってことだよな」
分かってるけど、食事の後にしてくれないかな。
「王都から辺境地に連れ出すのは良い判断だと思うよ。 領都より辺境地の小さな町のほうが良いかもね」
ハイハイ。 辺境伯領都の本邸じゃなく、ケイトリン嬢の領地に連れて行けって言うんだろ。
ヨシローも一緒に。
「そうですね。 考えてみます」
僕はモリヒトに食後のコーヒーを頼む。
「ヨシローさんも文字の練習が必要ですし、辺境地に帰って、この子たちと一緒に勉強したほうが良いかも知れませんね」
ヨシローの横で、ケイトリン嬢がウンウンと頷く。
まだまだ及第点には至らないようである。
食後のお茶が終わらないうちに、珍しく辺境伯夫人がやって来た。
「ごきげんよう、皆様」
一斉に立ち上がり、礼を取る。
子供たちはビックリしながらも、見よう見まねでヒョコッと頭を下げた。
「ここは気に入りましたか?」
子供たちの様子を見に来たんだな。
「部屋を移してお話をいたしましょう」
僕たちは2階の応接室に移動する。
お茶の用意はキランに任せた。
二人の子供は夫人に手招きされて隣に座り、ヨシローは別の椅子を持って来て、ケイトリン嬢と共に右隣に座る。
僕は、夫人が座ったソファの向かい側に座り、後ろにモリヒトとガビーが立つ。
ティモシーさんとキランは扉の近くに立ち、スーは逃げて行った。
「とても可愛いらしくなりましたね」
夫人は目尻を下げて女の子の頭を撫でた。
照れたように俯く少女に、皆がほっこりと微笑む。
「アタト様が何か魔法を掛けられたのですか?」
夫人に問い掛けられて、首を横に振る。
「いいえ。 髪の色は染めていたようです。 風呂を使わせていたら色が落ちたとキランさんから聞きました」
「まあ、そうなのね」
夫人は侍女に果物をテーブルに出してもらい、子供たちに勧めた。
「遠慮しなくて良いのよ、お上がりなさい」
「はい、ありがとうございます」
兄から許可が出て、妹が手を伸ばす。
妹は切り分けた果物を2切れ取って、一つを兄に渡した。
兄が「ありがと」と言って微笑むと、妹は笑って食べ始める。
仲良しだな。
驚いたことに、この兄妹は双子らしい。
あまり似ていないのは、まあ二卵性双生児にはよくあること。
「お名前を教えてもらえるかしら?」
「えっと、お、おれ、サンテリー。 妹はハーナ、です」
「まあ、素敵なお名前ね」
夫人とサンテリー少年の会話を聞きながら、それが本当の名前かどうかは分からないな、と思う。
「両親のことは知らない。 母親は少しだけ記憶があるけど、気付いたら今の場所で生活してた」
ずっと周りの年寄りや、少し年上の子供たちが面倒を見てくれていたという。
「街の外れに住む変人のセンセーが、たまにおれたちの様子を見に来て。 仕事くれたり、病気や怪我を治したりしてくれた。 そのセンセーが髪を染めてくれたんだ」
何故か、そのセンセーは教会に行くことは勧めなかったらしい。
それでも彼らの周りは幸運だ。
生きていけるのだから。
「では、何故あんなバカなことをしたんだ?」
ティモシーさんが訊ねる。
面倒を見てくれる大人がいて、仲間たちもいるのなら、危ない橋を渡る必要はなかったはず。
「う、うん」
俯いた兄を庇うように妹が声を上げた。
「サンテは悪くないの!。 ハナが病気だから、センセーも治らないって言ったから!。 だからー」
グズグズと泣き出してしまう。
体調の悪さは、おそらく兄の微量に漏れた魔力の影響だろう。
ずっと一緒らしいからな。
「体はもう大丈夫か?」
「えっと、今はへーき!」
元気に返事をする女の子。
僕の滋養用の薬草茶を与えておいて良かった。
もう呼び名はサンテとハナちゃんでいいな。
サンテが妹のハナちゃんの涙と鼻水の顔を服の裾で拭っている。
キラン、何か布を渡してやれよ。
涙を拭って顔を上げたハナちゃんを夫人が優しく抱き締める。
「良かったら、しばらくはここでゆっくりしてね」
それから夫人はサンテの目を見て微笑む。
サンテは目を逸らした。
「でもおれ、悪いことしてたし、仲間やセンセーにも悪いから」
自分だけが幸せになるのは気が引けるらしい。
「そいつらは、お前を悪事に使えると思ったから面倒を見てたんじゃないか?」
少し仲間の悪口を言ったら、サンテは真っ赤になって怒り始めた。
「ち、違うっ!、皆、仕方なくて。 センセーだって、本当はすっごい人で」
「ふうん。 で、そんなすごい人なら皆を救ってくれそうだけどな。 悪さなんかしないように」
「そ、それはっ」
周りはハラハラしながら僕たちを見ている。
「じゃあ、何故、お前は教会を頼らない」
この世界の住人のほとんどは神の存在を知っていて、だから頻繁に祈りを捧げていると思っていた。
「神様なんて、おれたちを助けてくれないじゃないか!」
僕は立ち上がり、サンテにグイッと顔を寄せる。
「それは、お前がたちがちゃんとしてないからじゃない?」
神は実在する。
それは、正しい世界のために存在するのだ。
「神に対して他人を傷付けたり貶めたりすることを願うと、逆に不幸に見舞われるそうだが。
お前の仲間たちは、自分の幸せのために他人の不幸を願っていないか?」
誰かを羨ましい、妬ましいと言っていないか?。
自分の不幸を誰かのせいにしていないか?。
「そんな奴の願いを神が受け取るかな」
自分が作った世界を汚す者を助けるか?。
サンテは僕から目を逸らす。
心当たりがある証拠だ。




