第二百四十一話・移動のための魔法
全員で辺境伯邸に戻った。
ティモシーさんと子供たちも一緒である。
辺境伯に面会するため、本館の控室で待機中。
「ガビー、背中に背負うような袋はないか?」
「え、は、はい」
ゴソゴソしていたガビーから、巾着のデカいやつを受け取る。
「今はこれしかないですー」
まあ、いいか。
それにウゴウゴを入れる。
「ウゴウゴ。 トスと同じ奴だ。 しばらく面倒見てやってくれ」
『ワカッター』
少年を捕まえて、両肩にそれの紐を一つずつ掛ける。
「お前の魔力を調整してくれる。 大事にしろよ」
「あ、うん」
半信半疑というか、恐る恐る背中を見る。
「大丈夫だ。 取って食ったりしない」
過剰な魔力を吸い取るだけだ。
家令さんに呼ばれて応接室に入る。
辺境伯夫妻と護衛の兵士、それとケイトリン嬢とヨシローが室内にいた。
僕とティモシーさんが辺境伯夫妻の向かいに座り、ガビーとモリヒトが子供二人と一緒に立っている。
侍女がお茶とお菓子を並べている。
子供たちがヨダレを垂らして、それを目で追っていた。
僕はまず謝罪する。
「辺境伯閣下の寛大な御心に付け込んで、また厄介事を持ち込みまして、申し訳ございません」
辺境伯夫人が子供たちに椅子を用意し、お菓子の皿を前に置いた。
それを横目で見ながら話をする。
「事の発端は、僕の連れであるドワーフが、王都の市場で魔獣の素材で作った品を売り出したことです」
売り上げは上々だったが問題が発生した。
「奪い合いが始まってしまい、この子たちはそれに巻き込まれたのです」
辺境伯も、お菓子を貪る子供たちをチラチラ見ながら頷く。
「本日、教会でティモシーさんに会った時に、この子たちのことを聞きまして、面倒を見ることにしました」
子供好きの夫人は、嬉しそうに子供たちの世話を焼いている。
「辺境地に連れて行くつもりだとか。 辺境地までの旅は長い。 小さな子供には辛いと思うが」
辺境伯の心配も最もだ。
今までは魔獣がいない王都いたから、子供たちは魔獣を見たことがないかも知れない。
それに子供たちだけでなく、夫人や侍女、護衛兵の大移動。
知らない大人たちとの慣れない長旅は大変だろうな。
一番の懸念は、この少年の魔力だ。
僕とモリヒトが彼の魔力に気付く。
貧しい生活をしていたせいか、魔力開放されていない状態なのに、体から微量の魔力漏れを起こしていた。
少年の魔力の垂れ流しは、放っておくと周囲の子供たちに影響が出る。
だから僕は保護を決め、魔力属性をハッキリさせるためヤマ神官に開放をお願いした。
思った以上におかしな魔力で才能も不明。
今はウゴウゴが付いているが、辺境地へ向かえば魔獣が魔力に惹かれて寄って来るかも知れない。
僕はまだ王都を離れられないので、一緒に行くことは出来ないのだ。
「モリヒト、辺境地まで飛べる?」
『はい。 少々お時間は掛かりますが、一日あれば往復出来るかと』
まあ、そうだよな。
「アタトくん?。 今、辺境地まで一日とか聞こえたけど?」
ティモシーさんが眉を寄せて訊ねる。
「モリヒトなら可能ですよ?。 もしよろしければ、子供たちを先に送り届けようかと思いまして」
そうすれば旅の間の魔獣被害も魔力暴走も心配ない。
辺境伯夫妻もポカンと口を開けている。
ガビーだけは何故かドヤ顔だ。
モリヒトは大地の精霊である。
「きちんと確認した土地なら瞬時に移動出来ます。 日頃あまり使わないのは、僕に運動させるためなんで」
今回、王都の土地を確認出来たので、慣れ親しんだ辺境地との往復が可能になった。
あまり知らない土地は長い間に変動している場合があるため、モリヒトでも確認が必要らしい。
精霊の感覚での長期間は、何十年とか何百年とかだから、そりゃあ変わってるよな。
「ついでに書類やお荷物があれば運ばせますよ」
「わ、分かった。 少し時間をく、ください」
辺境伯の顔色が悪い。
そろそろ失礼しよう。
「では、僕たちはこの辺で」
お菓子で口の周りをベタベタにした子供たちを連れて別棟に引き上げた。
子供たちをキランに預ける。
泊まる部屋もキランと同室になるようにベッドを頼んでおく。
少年の魔力が漏れていることを伝え、注意を促す。
「背負い袋に入っているのは僕の飼っている魔物ですが、ちゃんと言い聞かせてあるので」
キランは旅の間にウゴウゴは見ていたっけ。
「はい、承知いたしました」
キランは教会の施設育ちなので、小さい子供の扱いは慣れているようだ。
迷いなく頷いてくれる。
モリヒトに夕食の準備を任せて、僕は部屋に戻った。
「アタトくん、ちょっと話が」
ヨシローが部屋に訪ねて来る。
「なんでしょう?」
僕は椅子を勧め、自分でお茶を淹れる。
一応、ヨシローの分も淹れてやるか。
忙しなく座ったヨシローが、
「モリヒトさんが辺境地まで飛べると聞いた。 もし、出来るなら、俺も連れてってほしいんだが」
と、頼んできた。
「ヨシローさんだけですか?。 ケイトリン嬢は?」
「それは、その」
ヨシローは目を逸らす。
僕は大きくため息を吐いた。
「結婚準備から逃げたいだけなら止めたほうがいいですよ」
「いや、ほら、ワルワさんや店のほうも心配だし」
僕はヨシローに胡乱な目を向ける。
「ヨシローさん、言っておきますが。
もし子供たちをモリヒトが送って行くとなったら、付き添いは辺境伯夫人だと思いますよ」
「ゲッ」
おそらくだが、行き先は辺境伯領都の本家だ。
「それに、僕たちは帰路で『ライス』の買い付けに行く予定なんですが。
ヨシローさんは行かれないんですか?」
「それは、行きたい」
でしょうな。
「まだ、いつ移動するかは決まっていません。 もう少し考えてください」
僕はそう言ってヨシローを追い出した。
夕食に呼ばれて1階に向かう。
ロタ氏と職人兄妹は、今日は兵士たちと兵舎で夕食を取るそうだ。
「アタト様。 あの、これでどうでしょうか」
ガビーが子供用の背負い袋を作ってくれていた。
元の世界のリュックサックだ。
「お、ありがとう」
助かる。
「妹さんにもお揃いを作ったわ」
ふむ、スーは女の子には優しいな。




