第二十四話・町の情報を訊く
危なくコーヒーを吹き出しかけた。
「見返りはコーヒーや紅茶の継続的供給ということで、どうかな?」
よりによってエルフの薬草茶か。
領主令嬢であるケイトリン嬢のために領地の産業を手助けしているヨシロー。
常に新しいお茶の生産、販売を考えているのだろう。
「まずは飲んでみないと何とも言えないけどさ」
味見してみたいということか。
「人間の口にも合えば、エルフ茶という名称で他の町にも宣伝すると面白いかなって」
町にエルフが姿を見せたことを脅威とはせず、逆に利用する。
良い手法だとは思うが。
僕はモリヒトをチラリと見る。
『アタト様のお心のままに』
えー、丸投げされた。
「分かりました。 少しお時間はかかると思いますが」
こっちとしてはエルフの森に入るのは結構危険な行為だ。
ただ防御結界魔法がどこまで通用するのか、そろそろ試してみるのも良いかも知れない。
それでも代償がコーヒーや茶葉だけでは足りない気がする。
「貸し一つですね」
と言ってみたら、ヨシローの顔が引きつっていた。
当たり前じゃないか。
そっちは新しい金儲けの種を手に入れて、こっちは危険を冒しても、報酬は金で買える程度の物でしかない。
エルフを甘くみるなよ、若造。
昼食後、ワルワさんがタヌ子の診察やモリヒトと素材の売却価格の相談をしている間、僕はバムくんを捕まえてお喋りをすることにした。
まあまあ、バムくん、逃げなさんな。
僕とヨシローとバムくんの三人でテーブルを囲み、午後のコーヒーを頂く。
「実は僕、この町に来るのはちょっと心配だったんです」
昔はエルフとの交流があったという話は伝わっている。
現在の住民たちはエルフと聞いて、どう思っただろう。
「バムさんはどうでしたか?」
第三者の意見が聞きたい。
「エルフっすか。 いやまあ、本物見るの初めてだし」
チラッチラッと僕やモリヒトを見る。
「正直、分かんないっす。
でも、エルフは怖いけど、一度でいいから見てみたいって人が多い気がしやす」
フムフム。
「捕まえろ、とか、やっつけろ、みたいのは?」
僕がそう言うと、ヨシローもバムくんも首を横に振る。
「ないない、それは絶対にないっす!」
「異世界人でも保護する国だからね」
なるほど、見せ物扱いはしないわけか。
それなら少しは安心かな。
「これからも良いお付き合いが出来そうですね」
七歳の子供にしては大人びた態度に、バムくんは引きつった笑いを浮かべる。
「ははは、まあ、そうっすね」
ヨシローは、エルフとはそんなものだと最初から思っているのか態度はあまり変わらない。
「ウンウン、ぜひ、お願いしたいね。
あ、そうだ!。 アタトくん、悪いけど明日にでも領主様に会ってもらえないかな」
そういえば、そういう話が来ていたな。
あまりワルワさんたちに迷惑を掛けるのも申し訳ない。
「一度だけで良ければ」
僕がそう答えると、ヨシローはバムくんに「エルフが来ている」と領主館に伝言を頼む。
バムくんはさっそく飛び出して行った。
「あのお、領主様ってどんな方ですか?」
前回は結局会えなかった。
こっちが勝手に予定を反故にしてしまったが、元来、そんなことをしたら怒るのは向こうである。
それが会いたいと言ってくるのだから、優しい方なんだろうとは思う。
「ケイトリン嬢が絡むと怖いけど、あとは普通かな」
親バカってことか。
「そうそう。 ほら、領主館の偉そうにしてた文官たちがクビになってさ。
ほとんどが町から出てったみたいだ。 まあ、大丈夫だとは思うけど気をつけてね」
ほー、面白いことになってるな。
「はい」
チラリとモリヒトを見る。
顔はこっちを見てはいないが、口元が歪んでいた。
うん、もしもの時はお願い。
夕飯をいただき、一泊させてもらう。
「こんな部屋で申し訳ないが」
案内されたのは地下の一室である。
「魔獣の襲撃などで籠るための予備室じゃ」
装飾など一切ない、簡素なベッドが一つあるだけの部屋。
僕を泊めるために掃除してくれたようだ。
『ワルワ様、今後はアタト様はこちらの部屋を使用させていただくということでよろしいでしょうか?』
別に町中で宿を取っても良いのだが、ワルワさんはタヌ子のことも考えて部屋を提供してくれた。
地下には手洗いや簡単な水浴び用浴室もある。
あとは食糧や素材などの研究用倉庫。
環境的には塔の地下とそれほど変わらない。
「ああ。 日頃は特に使っていない部屋じゃ。 好きに使ってもらって構わんよ」
『ありがとうございます』
モリヒトにすれば掃除が甘いのだろう。
ワルワさんが居なくなった途端に洗浄魔法を連発し出した。
まあ、塔みたいにツルピカにしなけりゃいいよ。
翌朝、丸くて薄いパンに目玉焼き、干し魚にスープという朝食だった。
家畜の卵か、いいなぁ。
こんなに綺麗な目玉焼きは久しぶりだ。
森では雑多な魔鳥の卵だったので、下手すると孵化直前だったりする。
それはちょっと食べられなかった。
「土地が豊かだから家畜も育ちが良いんだ。 これで魔獣被害がなければ最高の町なんだけどねー」
ヨシローはそう言うが、最近は家畜や農作物以外に大きな魔獣被害は出ていないらしい。
「最近って、いつ頃からですか?」
「そうじゃな。 最後に町が襲撃されたのは五、六年ほど前じゃないかの」
僕は隣に立つモリヒトを見上げた。
五年前、僕はエルフの森で拾われている。
まさかとは思うが、僕というか、僕に引っ付いていたモリヒトの影響じゃないのか?。
だって塔から町までの間、滅多に襲われないことを考えれば、魔獣たちが僕たちを避けていると思える。
シラっとした顔で微笑む精霊は、やっぱりヤバい。
「お迎えに上がりましたよ、アタトくん」
教会警備隊騎士のティモシーさんが馬車でやって来た。
僕が不思議そうに首を傾げると、
「ご領主に頼まれたんだよ」
と、教えてくれる。
「もちろん、俺も一緒に行くよ!」
ヨシローは今日は寝坊せずに準備を終えていた。
ワルワさんも同行するので、タヌ子も一緒である。
嬉しそうに僕の腕の中に収まり、全員で馬車に乗り込んだ。




