第二百三十七話・ドワーフ娘たちの宿にて
その後、僕はロタ氏と共にスーたちが泊まっている宿へ向かった。
教会に卸す『御守り』を作らなければならん。
やはりスーに相談したほうがいいだろう。
「なんだ、あれは」
宿の周りに不穏な者たちの気配がする。
辺境伯家の馬車が着くと、こちらを窺っているのが分かった。
「宿の雰囲気が悪い気がしますね」
僕がそう言うと、ロタ氏は首を捻る。
「昨日まではこんなに怪しい奴らはいなかったがなあ」
まさか、何かあったのか?。
宿に入り、ロタ氏を先頭にそっと階段を上がって行く。
「ガビー、おれだ」
ロタ氏が静かに扉を叩いて声を掛けた。
細く隙間が開き、中からガビーの目が見える。
「開けろ」
僕が低い声で言うと、慌てて扉が開いた。
「アタトさまあ」
ガビーが半泣きで迎え入れる。
「何かあったのか?」
「何かじゃないわよ!」
スーはプンプンと怒っていた。
昨夜から、食堂ではやたらと在庫はないのかと話し掛けられ、少し不在にしただけで部屋の荷物が荒らされた。
盗られた物は無いが部屋は替えてもらっている。
鍵は掛かっていたというのに宿の警備はどうなっているんだと、スーはお怒りのようだ。
臭くはないだけで、これではドワーフ街の宿とあまり変わらない。
「全部、あの毛玉のせいよ!」
まあ、そうだろうな。
「スー。 元はといえば、スーがアレを王都で売り出したせいじゃない?」
ガビーが正論を言うとスーが顔を真っ赤にした。
「だって、だって!。 あたいは王都で儲けて、有名になって、お祖父様やお父様に認めてもらうんだからっ!」
ウンウン、分かってる。
スーは認められたかったんだよな。
可愛いものが好きなスーは、僕というエルフに出会い、ようやく自分で好きなことが出来るようになった。
そして、僕から魔獣の素材や魔石が仕入れられるようになると、色々と作り始める。
未熟な自分が作っても他の職人には敵わないと分かっていたから、魔獣の素材にこだわっていたんだろう。
だが、辺境地じゃ魔獣の素材はそんなに珍しくはない。
売れ行きはイマイチだったらしいな。
王都では魔獣素材が珍しいと分かり、ここでなら人気が出ると思って売り出しを決めた。
「誰かにスーたちがアレを売ってるところを見られたようだな」
スーとガビーは、普通にしていれば人間の兄妹にしか見えない。
ガビーはドワーフらしくないドワーフだし、スーのようなドワーフの女性は王都では滅多に見られない。
誰かに訊ねられたら何とか誤魔化しておけ、と言ってあった。
「はあ、それがその」
「ん?、どうした。 何か、あったのか?」
ガビーによると、宿の受付でスーが盛大にドワーフだと叫んだらしい。
「だって、お嬢ちゃんなんて子供扱いされて、ガビーをお兄ちゃんだなんて。 あたいには無理だから!」
仕方ないだろ。
スーは人間にすれば12か13歳程度にしか見えないし、ガビーは青年男性に見える。
兄妹設定なら無理なく人族に紛れ込めるはずだったんだが、ドワーフと知って情報を得ようと悪い奴らが寄って来たようだ。
「その上、毛玉のこと知ってる人に、スーが自分が作ったって言ってしまって」
ガビーがオロオロしている。
きっと褒められたと思ってドヤ顔したんだろう。
本当に何やってんだ、お前は。
しかし、バレてしまったものは仕方ない。
「おい、辺境伯邸に行くぞ、用意しろ。 ロタさん、宿に引き上げると伝えてもらっていいですか」
「分かった。 迷惑料と口止めだな」
うん、よろしく。
モリヒトの護衛付き、しかも辺境伯家の馬車なので、無事に宿を脱出した。
宿の周りに怪しい者が集まっていたと知って、ガビーはかなり怖がっている。
おかしいな。 ガビーは魔獣の森で嬉々として戦っていたのに。
「アタト様。 相手が魔獣と人族では全然違いますから!」
そうなのか?。
「アタト様も、人族や自分に近い容姿のモノ相手はやりにくいだろうに」
と、ロタ氏が笑う。
いや、たぶん僕はエルフ相手なら喜んでぶっ飛ばしにいく。
人間の場合はちょっと分からんが、モリヒトなら見境なくやるだろうな。
またしても辺境伯家のお世話になる。
本当に申し訳ない。
「いえいえ、アタト様に頼って頂けるのは嬉しいですよ。 私共はアタト様には返しきれないご恩がございますゆえ。
それにエルフ様や眷属精霊様と知り合いだというだけで、我が家は安泰でございます」
まあ、お互い様ということだ。
うー、しかし、高位貴族の当主に丁寧に話されるのは、どうもむず痒い。
いつも通りに話してほしいと頼む。
辺境伯は笑って頷いた。
別棟に集まり、夕食にする。
なんだか一日中動き回っていたので疲れたな。
「ガビー、明日、詳しく話すけど作ってほしいものがある」
「はい!、喜んでー」
どこの居酒屋だよ。
「ガビーに作らせるのか?」
ロタ氏も、しばらくはこちらに泊まってもらうことにした。
職人兄妹と一緒に兵舎である。
「ええ。 これは僕の責任において、僕が作成し、教会に納品します」
何の話か分からないスーとガビー、そして職人兄妹。
とりあえず明日からだから、気にするな。
ティモシーさんはまだ教会から戻って来ていない。
もしかしたら、数日帰って来ないかもな。
ヨシローとケイトリン嬢と護衛メイドは、本館で晩餐会の練習らしい。
ご苦労様である。
翌朝、別棟の一階、厨房付き食堂での朝食中。
「食べながらで良いので聞いてください」
僕はそう言って、簡単に説明を始める。
「僕は今日、教会からの依頼で新しく販売する『御守り』を作成します。 それの図案をスーに依頼したいと思います」
スーには、図案を採用した場合は代価を払うと約束する。
「ガビーは作成を頼む。 必要な材料は僕とロタ氏で集める。 もし、持っている素材を売りたい者がいれば買い取るよ」
ドワーフたちは、自分で集めた素材を大量に入る専用の袋に保管している。
ドワーフたちは頷く。
「あのー、俺も何か手伝おうか?」
手を上げたヨシローに、僕は微笑む。
「忙しい奥様を支える立派な旦那様になってくださいね」
「お、おう」
今日もがんばれ。




