第二百三十五話・販売の後始末と問題点
「ありがとうございました。 またおいでくださいませ」
「はい、機会があれば」
僕はそう言って店を出て、歩き出す。
馬車を呼ぶか聞かれたが「街を見て歩きたい」と断った。
「軽く何か食べよう」
昼にはまだ早いが、お腹が空いた。
『すみませんが、先に酒屋へ』
やっぱ行きたいのね。
昨夜はモリヒトも飲み過ぎたようで、自分用を買い足したいらしい。
まあいいや。
モリヒトの楽しみはそれしかないからな。
商人街は見当たらないので、市場へ向かう。
市場には小売店は色々あるが、モリヒトは蔵が見たいと言い出した。
「酒蔵は職人街か」
『こちらです、アタト様』
なんだ、予め決めてあったのか。
街の中を流れる大きな川の辺り、蔵が並んだ地域に出た。
『こちらです』
モリヒトの案内で売店を併設した酒蔵に着いた。
「あら、先日のおにいさん」
豊満な体型のオバさんに声を掛けられる。
『すみません。 この間と同じものを、今度は大樽で』
「はいよ」
珍しくモリヒトが気安く話していた。
酒蔵、恐るべし。
『アタト様、何か飲みますか?』
試飲も出来るらしい。
「いいよ、僕は遠慮する。 酒は任せるよ」
昼間っから騒々しい場所で飲む気にはなれない。
というか、空きっ腹に酒は良くないから。
『承知いたしました』
しばらく待たされそうだ。
周りをよく見ると工房街に近い。
トンテンカンと、あの煩い音が聞こえてくる。
あ、人形、買いに行きたい。
「モリヒト、ちょっと行って来る」
『ダメです』
魔力で足を止められた。
酷い。 子供扱いかよ。
機嫌の良いモリヒトと酒蔵を出て工房街に向かう。
「ここだよな?」
閉まっている。
『気配はしますので、中にはいらっしゃいますね』
ふむ。 二日酔いで寝込んでるのか?。
人形が一つ欲しいだけだ、入ってしまえ。
「お邪魔しまー」
モリヒトに鍵を開けてもらって中に入る。
「ギャッ!、だ、誰っ?。 うちには無いったら無いんだよ!」
妹さんがいた。
何か叫んでいる。
「お休みのところ申し訳ないけど、訓練用の人形が欲しいんだが」
僕の顔を思い出してくれたかな。
「あ、あんた!。 いったい誰のせいで店を閉めなきゃならないか、分かってんの!」
いや、知らないが?。
僕が首を傾げていると奥から兄職人が出て来た。
「アタト様、モリヒトさん、何か御用でしょうか」
何故か微妙に迷惑そうだ。
「すまない。訓練用の人形を一つ買いたい。 工房が閉まってるとは思わなくて鍵を開けてしまった。 すぐに失礼する」
「ああ、人形ですか。 どうぞ、こちらに」
工房の奥の試験用の庭。
「どれにしましょう」
「これでお願いします」
人の背丈ほどの丸太を一本を縦にして、藁や布で人形にした、カカシ型である。
普通は指定された場所に材料を持ち込んで組み立て設置するそうだが、僕にはモリヒトがいるので、そのまま頂く。
モリヒトが地面からボスッと引き抜き、収納して終わり。
工房内に戻り、僕は代金を支払った。
「どうも」
ずっと俯き加減でこちらを見ない兄職人。
そんなに嫌われたか。
「では」と外に出ようとしたら、
「おお、ここにいたか」
と、ロタ氏が入って来た。
「辺境伯邸に行ったら朝から出掛けたと聞いてな。 戻って来たら、それらしい二人組がここに入るのを見たと教えてもらったんじゃ」
「はあ、僕たちに何か?」
わざわざ館にまで訪ねてくれたのに、すまんね。
「実は、先日の毛玉のことで、ちょっとした事件があった」
僕は顔を顰めた。
「なんでしょう」
「ここじゃ迷惑が掛かる。 ドワーフ街に行こう」
迷惑?。 やはり工房が閉まっていたのは僕に関係あるのか。
「あの、俺も行っていいですか?。 ここにいても落ち着かないので」
兄職人が頼んで来た。
「ああ、構わんよ」
ロタ氏が頷く。
僕たちは近くの地下通路からドワーフ街に向かった。
辺境地のドワーフ街は一度しか行ったことがないが、あそこより少し狭い。
やはり王都にいるドワーフはあまり多くはないのだろう。
「ここじゃ」
ドワーフ街の食堂らしい。
職人ドワーフや行商人ドワーフが賑やかに話しをながら酒を飲み、飯を食う。
その姿を見ると、辺境地の親方ドワーフを思い出す。
ああ、僕はちょっとホームシックみたいだ。
その奥に通されると個室になっていた。
「ややこしい商談用の部屋じゃ。 防音になっとる」
昼食を頼み、運んで来た給仕がいなくなると、ロタ氏は食べながら話を始めた。
「どっかのバカが、あれを十倍以上の値段で金持ちに売り付けた。 それを聞いたヤツらが、市場で買った人たちから高値で買い、それをもっと高値で貴族に売ったらしい」
僕は目を瞬く。
「ただの子供用の飾りだぞ」
「ああ、そうだ。 しかし、魔獣の素材で作った子供用なんざ、今まで王都には存在しなかった」
ロタ氏は続ける。
「おれは、最初に高値で買わされた家に謝りに行って、金を返そうとしたんだが」
買った家では『家宝にするから安物では困る』と、金は受け取らなかったという。
僕は食事の手を止める。
「それで、うちの工房にアレの偽物でいいから作れって、怪しい奴らが来るようになったんです」
兄職人が塞ぎ込んでいる理由を話してくれた。
「ご迷惑を掛けてすみません」
僕は兄職人に謝罪した。
市場で買った人から高値で買うのは、売る方が満足しているなら問題は無い。
脅しや盗みなら街の警備兵に訴えれば済む。
しかし、相手が危ないヤツだった場合は泣き寝入りするしかない。
これは問題だ。
それと工房の兄妹には本当に迷惑を掛けているようだ。
どうしたもんか。
「すみません。 なんとかするので少し時間をください。
その間、職人の兄妹さんには辺境伯の王都邸に来て頂きたいです」
あの訓練用人形の設置工事を泊まり掛けでするという名目にした。
「それは助かりますけど」
すぐに妹さんにも辺境伯邸に移ることを話し、ロタ氏に道具や材料を運ぶ手伝いを頼む。
僕は先に辺境伯邸に戻り、事情を説明してお願いした。
すると、兵舎には余裕があるらしく、兄妹はそちらに泊めてもらえることになった。
人形の設置工事も受注出来た。




