第二百三十四話・王都の街を歩く
翌朝、僕は本館に向かう。
家令さんと話をし、女性騎士の件で進展があれば教えてほしいと頼む。
「承知いたしました」
「僕はちょっと出掛けて来ます。 モリヒトがおりますので護衛は必要ありません」
「はい。 お気を付けて」
僕は手を振り、門へ向かう。
『どちらへ?』
酒屋、って言ったら喜ぶかな。
残念ながら魔道具店が見たいだけだよ。
昨夜、久しぶりに筆を取ってみて、少し違う物が欲しくなった。
キランからもらった商人街の地図を片手に、貴族街をのんびりと歩く。
王都に来てから初めてかな。
貴族とも商人とも取れる上品なローブ、いつも通りフードを深く被る。 黒メガネのモリヒトもお揃いだ。
怪しいくらいのほうが、注目はされても話し掛けては来なかった。
まず貴族は、近くても馬車移動が基本で、歩いている者が少ない。
歩いていても必ず護衛を連れているし、護衛は下手に怪しんで話し掛けて、相手が雇い主より上の身分だったら面倒なことになる。
だから、せいぜいが門番や街を巡回している警備兵にチクる程度だ。
警備兵は見かけで判断するようで、それなりの服装の僕たちを見ても様子見である。
そろそろ平民が増えてくる商人街。
キランの地図によると、あまり遠くないはずだが。
『あちらではないでしょうか』
モリヒトが三階建ての店舗を指差す。
「みたいだな」
僕はフードを外し、店舗前に立つ警備兵に訊ねる。
「地図通りに来たのですが、こちらで間違いないでしょうか?」
相手が子供だから客ではないと思ったようだ。
「どれ、見せてみろ」
まあ、地図なんて持ってる時点で田舎者丸出しだからな。
明らかにバカにした顔で地図を取り上げた。
しかし、地図には辺境伯の紋章が入っている。
「し、失礼いたしました、おぼっちゃま。 こちらでお間違いありません」
高位貴族の紹介だと分かった途端に言葉遣いがおかしくなる。
「ありがとうございます」
扉を開けてくれたので中に入った。
店内は辺境地の魔道具店より品数や珍しい物が多い。
先日、眼鏡を買いに行った店も魔道具店だったな。
同じように入り口から遠くなるほど品物が高価になり、警備員が増える。
こちらは外にいる警備兵と違い、一見きちんとした身なりの店員。
しかし、目つきが鋭く、客の行動に注視しているのが分かった。
彼らに話し掛けても、すぐに違う店員が出て来て客の対応をしている。
なかなか良い教育が施されているな。
一階を一回りして二階に上がろうとすると、店員がやって来た。
上階に上がるには許可がいるらしい。
「何かお探しでしょうか?」
黒メガネのモリヒトに話し掛けるとは、なかなか度胸がある。
「すみません、絵を描くための道具を探しています。 一階には無かったので上かと思って」
僕が話し掛けると、店員は片膝を折って目線を合わせてきた。
「申し訳ございませんが、こちらは魔道具店ですので画材は専用の店になります。 ご紹介いたしましょうか?」
ふむ、子供扱いか。
「では、そちらの地図を頂けますか?」
別に魔道具でなくても構わない。 どんな品物があるのか、見たかっただけだし。
店員が離れると、モリヒトに声を掛けておく。
「いちいち不機嫌になるな」
『申し訳ございません』
地図を受け取って出入り口に向かう。
「おや、ぼっちゃん、もうお帰りで」
扉係の警備兵が声を掛けて来た。
「はい。 どうやらここには無いそうなので」
「そうですか、それは申し訳ない。 せっかく辺境伯様がご紹介くださったのに」
見送りに出て来た店員がギョッと顔を強張らせた。
「お、お待ちください。 私共の店をご紹介くださったのは辺境伯様でいらっしゃいますか?」
僕は外に出て振り返る。
「はい。 辺境伯家の王都邸に泊めてもらっています。 田舎者ですので執事さんに頼んで地図を頂きました」
僕は、この店を指し示す地図を取り出して見せる。
『アタト様、辺境伯領の魔道具店とは違うようです。 無いものは仕方ないですから、次に参りましょう』
日頃は魔道具店で買っていると宣言する辺り、モリヒトもイジワルだな。
「そーだねー。 帰ったら執事さんにー」
「申し訳ございません!、もしかしたら、あるかも知れませんので、お戻りください!」
なんだよー、あるなら言えよ。
その後、三階まで案内され、すごく上質な紙や絵の具が出て来たのはご愛嬌。
「筆が見たい」と言ったら、やたらと大量に出てきて笑ってしまった。
やはり、素材が魔獣の毛や皮、骨なんかを使っていると魔道具の扱いになるらしい。
魔力の有る無しで分けるのは幼児に接触させないための措置である。
やはりこの辺りは敏感なんだなと思う。
僕は珍しい魔獣の毛の筆を記念に一つ購入した。
「あれは?」
「魔道具のペンです」
ガラスの箱に展示されたペンを見つけた。
「雑貨屋で扱うペンはインクを付けて文字を書き、無くなるとまたペン先にインクを付けます」
ごく普通のペンだね。
「しかし、魔力に余裕がある方は、この魔道具のペンに魔力を注ぐとインクが途切れることはありません。 お仕事を外でされる方には重宝されます」
へえ、魔力をインクに変換する魔法が込められた魔石か。
その横にぞんざいに扱われたペンの山があった。
僕はその中のペンを一つ、手に取る。
気になったのは、そのデザインだ。
普通はペン先以外は骨か木製で魔石が嵌り、ほぼ一体化している。
しかし、これは元の世界の万年筆に近い型。
「こちらは、魔力が足りない方用でして」
うん?、どういうことかな。
「普通はペン自体が魔道具なのですが、こちらは中にインクを入れる箇所がございます。 そこだけが魔道具で、容量が足りなくなるとインクを自動で生成するというものです」
はあ、なるほど。
内臓の小さなインク魔道具は、魔石による魔素の循環だけで、魔力が無い人でも使える。
黒い本体に金色の装飾も美しく、中に組み込まれた魔石も上質だ。
「一つください、贈答用に箱に入れて」
「は、はい」
おそらく『異世界人』が製作したものだろう。
ヨシローの祝いにちょうど良い。




